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真夜中のぐちゃぐちゃカレー

  おふくろのカレーライスは物心がついたときから食べていたし、学校給食ではカレースープが出て来るのが楽しみだった。では、本場のカレーをいつ食べたのが最初だったか考えてみた。

 それは1987年春、ニューデリー赴任の内示が出て、東京のインド大使館へビザ申請に行ったときのことだった。特派員としての滞在ビザをもらう関係で、プレスアタッシェつまり報道・広報担当の1等書記官へあいさつをした。

 「今度、家でホームパーティをするので、よかったら来てください」と言われた。インドでの人脈はゼロに近かったから、喜んで参加することにした。広尾の外交官用マンションだったと記憶している。外観は何の変哲も無い建物だったが、玄関から中へ通されると、日本のそこら辺にあるマンションとは比べものにならないほどゆったりした間取りだった。

 午後7時にと言われていたので、ほぼきっかりに訪問すると、まだ2、3人しかお客さんはいなかった。「アルコールは飲めますか?」とメイドさんにインドなまりの英語で聞かれ、ウイスキーの水割りをもらった。ウイスキーは日本のものだったと思う。名前を知らないインドのビールを飲んでいるひともいた。

 時間が経つにつれ、お客さんの数もだんだん増えてきた。最終的には約20人くらいにはなった。リビングルームは、それでも皆がソファに座って談笑できるくらいのスペースがあった。

 ぼくが、インドを訪れたことはないが今度ニューデリーに赴任すると話すと、親切にお勧めのレストランなどを教えてくれるひともいた。こちらは初めての「インド体験」で緊張しているうえ、慣れないインド英語を聞き取らなければならないので、水割りをなめるように飲んでいた。なかにはアルコールが禁制のイスラム教徒なのだろうか、ソフトドリンクを手にしているひともちらほらいた。

 おつまみは、ピーナッツや得体の知れないインド製の乾き物だった。だいぶん時間が経っても、食事が出て来る気配がない。人びとはひたすらアルコールなどを飲み、しゃべっている。のちにインドで暮らすようになって思い知るのだが、インド人はとにかくよくしゃべる。ホームパーティのようなプライベートだけでなく、公的な場でもおなじだ。「国際会議を成功させるには、インド人を黙らせ日本人にしゃべらせることだ」とよく言われるが、あれは本当だ。

 パーティは進みいい加減お腹がすいて来たのに、まだ食事は出ない。お客さんたちは、それが当たり前なのか誰も気にしていない様子だ。延々としゃべって飲んで、夜中の11時をとっくに過ぎたとき、ようやくカレーの匂いがしてきた。

 給仕のひとたちが、テーブルにさまざまなカレーを並べた。ホスト役のプレスアタッシェが、「お食事の用意ができました」と言うやいなや、お客さんたちはどっとカレーのテーブルへ押しかけた。

 インドなりの食事作法があるのだろうと、周りの人たちを観察した。みんな大きなお皿1枚に各種カレーを少しずつ取って自分の席にもどった。そして、いろんなカレーをぐしゃぐしゃに混ぜて、うまそうに食べ出した。なるほど、そうやって食べるのか。自分でもまねをした。

 ニューデリーでインド人主催のパーティに出るようになって、なぜ彼らがカレーを混ぜるのか納得した。たとえば、「ダル」と呼ばれる豆のカレーは、常にものすごく辛い。それだけを単独で食べることは、ふつうインド人でもしない。だから、ダルを辛み調味料みたいにして自分好みの辛さに調節するわけだ。日本のように肉といろんな野菜をいっしょに入れたカレーは、なぜかない。各単品カレーを混ぜると、味が絡み合い深みが出る。

 週間ポストの巻頭に「『究極のカレー』大研究」という特集があった。大阪では最近、混ぜることを前提にしたカレーが台頭しているのだという。本場の食べ方が、やっと日本にも到達したのだろうか。

 記事は「混ぜるカレー」の決定版として『ロッダグループ』という店のギャミラサセット(¥1500)と名づけられたワンプレートカレーを紹介している。やはり1枚の大きめの皿にいろんなカレーを盛って混ぜて食べるのだ。ところが、それはスリランカの家庭で食べられているスタイルだとされている。その店のシェフがスリランカ出身なのかもしれないが、インド文化圏ならどの国でもぐちゃぐちゃカレーを食べる。

 プレスアタッシェのホームパーティで、食事が終わるとデザートが出た。彼が「本国から取り寄せたんですよ」というアイスクリームを、インド人の客らは「懐かしいなぁ」と言って笑顔で食べている。ぼくも少し試してみると、内心ウゲッと言いたくなるような独特の味だった。思えばそのとき、彼我の食文化の決定的なちがいを初体験した。

 食事が終わると、招待客は全員さっと引き上げていった。帰宅すると午前1時を回っていた。本場では、カレーは真夜中に食べるものなのかと思った。だからか、男女とも中年になるとみんな大きなお腹をしている。

 その日の食事にも事欠くひとが億単位でいるのに、新聞を開くとダイエットサプリの広告が目につくのもインドの現実だった。

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