« 若者たちが恋愛を避けている | トップページ | 就職活動の概念を一度ぶっ壊したらどうか »

過激派とアイデンティティー

 「欧州でアラブ系移民らがテロを起こすのは経済的理由などではなく、その国の国民としてのアイデンティティーが欠落していることが原因だ」。イスラエル軍の元大佐でシンクタンク「エルサレム公共問題センター」のジャック・ネリア上級研究員が、共同通信の取材にこう語っている。山陰中央新報に掲載されていた。

 もちろん、パリの同時多発テロをめぐっての話だ。イスラム教徒の青年が過激思想に染まりテロに走る動機は、主に経済的理由だとするのが一般的だ。キリスト教徒が主体のヨーロッパでは、イスラム教徒の移民系住民は少数派であり、就職などで不利になりがちだという現実は動かしがたい。特に移民が集中する地区では失業率が高く、将来に希望を持てない青年が、社会に反発し過激思想に惹かれやすいとされる。

 アラブの本国では自分がイスラム教徒としてあまり意識することもなかった青年たちが、ヨーロッパでの厳しい生活のなかでイスラム教徒としての自分の出自に目覚める例も、いろいろ報道されている。しかし、生活圏は西洋で心が混乱する。そうした青年をイスラム教の名をまとった過激思想で感化するのが、イスラム国(IS)などのテロリスト集団だ。

 「アイデンティティーの欠落が原因」とのネリア上級研究員の指摘は、ぼくの体験から言っても、うなずけることがある。

 ドイツのボンに駐在していたころのことだ。旧西ドイツの暫定首都だったが日本人学校はなく、日本人の外交官をふくむ駐在員らの子どもは、現地のドイツ人学校かアメリカン・スクールに通うしかなかった。うちの子どもたちはアメリカン・スクールで学ばせた。

 そういう生活では、子どもたちの日本語能力が日に日に落ちていく。それでは帰国してからの学業に差し支えるから、毎週土曜日午後には、日本語補習校というものが開かれていた。先生はドイツに在住する日本の教職免許を持っている日本人が中心で、補習校の運営は駐在員が毎年交代で受け持っていた。

 運営委員は4人(4組の夫婦)で、教室を借りている現地校との折衝、教室や廊下の掃除、トイレットペーパーの補給まで雑多な任務があった。ぼくたち夫婦も、1年間運営委員を務めた。

 補習校は、大きく言えば、駐在員の子どもたちの「日本人としてのアイデンティティー」をはぐくむ場でもあった。家庭では日本語を話していても、家にあるテレビはドイツ語かヨーロッパの英語放送で、学校に行けばドイツ語や英語をたたき込まれる。そういう日々を送っていると、自分が何者かわからなくなり不安になってくる。だから、日本語補習校は、単に日本語の勉強にとどまらず、「君たちは日本人なんだからね」と脳裏に“刷り込む”空間でもあった。

 補習校には、日本人の親がドイツ人と結婚してドイツで暮らすことを選んだハーフの子どもたちも通っていた。そうした子どもたちにとっては、日本語を学ぶだけでなく、日本人の血が自分にも流れていることを自覚させる意味があった。その点でもアイデンティティー教育の場だった。

 月曜日から金曜日まではドイツ語や英語と格闘せざるを得ない駐在員の子どもたちにとって、土曜日の補習校は楽しくてしようのない時間となっていた。昼食を終えてから親が車で送り届けるのだが、子どもたちは早く補習校へ行って友だちと校庭で遊び、母語の日本語で授業を受けるのが待ち遠しくてたまらない様子だった。

 学校へ行くのがそんなに楽しそうなのは、親にとってもうれしいことだった。また、親たちも子どもを送ったついでに、校庭の隅や学校の廊下で井戸端会議を開き、情報交換するのが常だった。そこで駐在員の人びとと知り合ったのは、海外生活を豊かにするうえでも大きかった。運営委員としての仕事はちょっと辛いときもあったが、親たちにとっても、土曜日の補習校が楽しみだったのだ。

 だが、補習校には、子どもたちの知らないところで深刻な問題を抱えていた。保護者のなかで、ドイツ人と結婚した日本人と駐在員の日本人のあいだに、目に見えない亀裂があった。日本語能力については、駐在員の子どもたちはネイティブだから得意であり、ハーフの子どもたちはついて行くのが大変だったことも理由の一つだった。現地校と補習校では立場が逆転するのだ。あるときはもめにもめて、保護者会を開き「補習校とは何か」という本質的な議論にまで至った。

 背景には、ドイツ人と結婚した親のアイデンティティーの問題があった。ドイツで長年暮らし、家庭でも主にドイツ語を話している保護者は、知らず知らずのうちにアイデンティティーが揺らぐらしい。

 一部のそうした保護者のなかに「過激派」とも言える人がいた。ことあるごとに、駐在員の保護者と衝突するのだ。ドイツ人はヨーロッパでも有数の自己主張が強い国民とされる。そのドイツ人的側面がドイツ人以上にアイデンティティーとして入り込み、自分がわからなくなっているとしか思えない人がいた。

 「その国の国民としてのアイデンティティー」の欠落が、一部の移民青年をテロに走らせるという指摘は、たしかにそうだろうと思う。フランスをはじめテロを軍事力で封じ込めようとする各国の指導者は、まだその心理学的理由に気づいていない。

|

« 若者たちが恋愛を避けている | トップページ | 就職活動の概念を一度ぶっ壊したらどうか »

インどイツ物語ドイツ編」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/540025/62840749

この記事へのトラックバック一覧です: 過激派とアイデンティティー:

« 若者たちが恋愛を避けている | トップページ | 就職活動の概念を一度ぶっ壊したらどうか »