キューバ革命の幻影
チェ・ゲバラというあだ名は、いま60歳以上の少なからぬ人にとっては、青春の熱い思いを蘇らせる。アルゼンチン生まれの医師、政治家、革命家で、中米キューバのゲリラ指導者だった。1967年に亡くなった。本名は公表されているが、ほとんど誰も知らない。
チェは「やぁ」「おい」「(親しみを込めた)お前」「ダチ」といったスペイン語のくだけた呼びかけだそうだ。ゲバラが、初対面の相手にしばしば「チェ。エルネスト・ゲバラだ」と挨拶していたことからついたニックネームだった。
戦後日本では、ある時期まで、自称知識人や自称インテリ学生がマルクス主義にあこがれた。欧米などにもマルクス主義シンパはいたが、それとは本質を異にする島国独特のガラパゴス化した憧憬だった。しかし、ソ連を率いていたスターリンは暴政が明るみに出されてイメージが失墜し、中国の巨人・毛沢東の虚像も暴かれやがて地に落ちた。共産圏で、体制による虐殺や農業政策の失敗によって飢え死にした人民の総計は、軽く1億人を超えるとされる。
1991年にソ連が崩壊し、マルクス主義へのガラパゴス化した憧憬も終焉を迎えるかと思われたが、そうではなかった。社会主義が“成功”した国としてキューバがある、と救いを求める左翼は日本にたくさんいた。
ある日本人のウェブサイトには、現在でもこんな記述がある。
<奇跡の革命といわれるキューバ革命。革命後も苦難を乗り越え、現在でも革命を存続させている小さな強国キューバ。アメリカに頼らないその姿勢に多くの中南米諸国がキューバを支援しています。 キューバ革命について考えると、革命闘争時のフィデル・カストロやチェ・ゲバラたちの超人的で勇敢な活躍に強い関心が向いてしまうが、革命成功後の、彼らの一貫した政策、平等主義、国民の為にとの強い思いがあります>
これは革命の実態を知らず、勝手に美化しているとしか思えない。たしかに、チェ・ゲバラ伝などを読むと、血湧き肉躍る感がある。カリブ海に浮かぶ人口1140万人ほどの小国に、社会主義の理想郷があるかのように思っている日本人がこの21世紀にもいる。
でも、そんなユートピアが実際に存在しうるのか。旧ソ連やいまの中国、北朝鮮は悪しき例外で、本当の社会主義はキューバでこそ実現したのだろうか。マルクス主義は、人間の本性についての理解で決定的な誤りがあったことは、すでに歴史が証明している。キューバが国民の医療や教育を無償化したのは功績だが、われわれがその他には目を背け「奇跡的に」マルクスの夢が実現したと考えたりすれば、あまりにナイーブではないのか。
オバマ米大統領が、2016年3月20日、キューバを訪問した。現職のアメリカ大統領としてはじつに88年ぶりの訪問となった。両国は54年間にわたり断交していたが、前年7月に国交を回復した。キューバは、2013年にベネズエラの反米チャベス前大統領が死去し、安価な石油が輸入できなくなり、経済が立ち行かなくなったことなどから、対米関係改善に踏み切った。
チェ・ゲバラとともに革命を率いたフィデル・カストロ前議長から権力を引き継いだ弟のラウル・カストロ議長は、過去10年間、国家公務員を削減し自営業を奨励するいっぽうで、国民がパソコンや携帯を持つことを認めた。だがそれは、あくまで社会主義体制を維持するための部分的な軌道修正だった。
キューバでは依然、反体制活動家への弾圧がつづき言論や集会の自由も制限されている。アメリカによる長年の経済封鎖を、キューバ側は、「人権改善や民主化要求は内政干渉だ」として突っぱねている。言論や集会の自由もない理想郷とはなんだろう。
アメリカがキューバ封じ込めをつづけていたあいだ、中国やロシアが中南米諸国へ進出し、アメリカの経済界は出遅れを感じていた。また、社会主義国キューバは、アメリカの安全保障にとっても懸念があった。こうした点が、両国の国交回復につながった。
コラムニスト勝谷誠彦氏は、会員制有料日記サイトでこんなことを書いていた。<私は社会主義は嫌いだが、強靱でしなやかな国を築いたキューバは、支那よりもよほど偉いと思う。民族性だね><こんなに外交の刻一刻が面白いことはなかなかない。私が注目しているのは「ラウル」ではなく「フィデル」カストロさんとオバマさんが会うかどうかだ。「フィデル」こそキューバそのものであり、それがアメリカ大統領と握手した時に、すべての恩讐は消えるのである。これは歴史を見る作家の目と、敢えて言わせてもらう。「小説的」にはその光景がなくてはいけない。フィデルさんの体調があまり良くないのか心配だ><黒人の血が入ったアメリカ大統領がハバナの空港にさきほど降り立った映像を見て、私などはほとんど涙しそうになる。私は人権屋ではないし、途上国シンパでもない。しかし第三世界の旗手としてここまでツッパってきたキューバに、ついに超大国アメリカが膝を屈したのである>
??? すでにキューバでは、民営レストランも増えている。国民の月収が25㌦なのにメニューの多くは10~25㌦だそうだ。国交回復で利権を手にするのは、軍幹部や富裕層だけだという見方もある。社会主義の最良のケースがそれだとすれば…。
いずれにせよ、一度は行ってみてこの目で確かめたいことがいろいろある。
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