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横文字のサインはやめたほうが…

 ドイツ銀行は、大丈夫かいな。その赤字問題が、このところ日本でもメディアをにぎわしている。日本では、ドイツ銀行が日本銀行のように金融政策をになう中央銀行だと勘ちがいしている人もいるようだ。その名前が誤解を生みやすいのはたしかだ。でも、実際はふつうの市中銀行で、窓口業務もしているしATMコーナーなどもある。

 では、日本銀行に当たるドイツの中央銀行はなにかと言えば、それはない。EUに加盟している諸国の金融政策を一括して行うのはヨーロッパ中央銀行(ECB)だ。

 ドイツ銀行は、2015年12月期に決算が過去最大の約68億ユーロ(約8300億円)の赤字におちいったことが2016年3月に発表され、不安が広がっている。なにしろ世界でも有数の大銀行で、そこが大幅赤字で傾いたりすれば、ヨーロッパだけでなく世界経済に深刻な事態となる。

 ぼくもボンに特派員として赴任したとき、真っ先にしたのがドイツ銀行に口座を開設することだった。日本とおなじく開設には、公的な身分証明証がいる。ぼくはまずドイツ連邦新聞庁へ行き、特派員証(プレッセカルテ)を作ってもらった。そのためには、パスポートと新聞社のレターヘッド(社名などを印刷した便せん)に本社のお偉いさんの署名が入った正式レターが必要だった。

 口座開設申請書には、自分のサインをしなければならない。欧米には印鑑というものがないから、この申請書へのサインはとっても重要な意味を持つ。パスポート署名とおなじで、自分が自分であることを日本の実印に代わって証明するものだから、いい加減に書いたらあとで大変な目にあうことになる。

 当時は、ユーロが導入される直前のことで、ドイツの通貨はまだマルクだった。申請書へのサインは漢字で「木佐芳男」と書いた。それを見た窓口嬢は「シェーン(Schön)!」と感心してくれた。ダンケ・シェーン(どうもありがとう)とか言うときのシェーンだが、ここでは「ステキ、きれい」というほどの意味を持つ。欧米人の漢字に対する憧れは、いまに始まるものではないらしい。

 ぼくは、マルク建てのクレジットカードは、円建てカードがあればいいから作らず、小切手帳を作ってもらった。まとまった額の支払いには小切手で払う。もちろん、その際には銀行に登録してあるのとおなじサインをしなければならない。

 ドイツ銀行の登録サインを漢字でしたのには、ふたつの理由があった。漢字ならドイツ人などがまねすることがむずかしく、万一、小切手帳を紛失しても被害にあうことが避けられる。もう一つは、ある苦い経験からだった。

 インドのニューデリーへ赴任するときのことだ。前任者から東京へ長い手紙が来て、赴任前にすべき事務手続きなどがこと細かに書かれていた。その際、「ン!」と引っかかったのが「まず、ニューヨークに米ドル口座を開くこと」という一文だった。まだメールのない時代だから、ぼくはテレックスで「ニューヨークとあるのはニューデリーのまちがいではないですか?」と問い合わせた。でも、ニューヨークに作らなければならないという。

 そこで当時の東京銀行本店に行って、横文字のサインでニューヨークの口座を開設した。現地に行かなくても海外口座を作れるとそのとき知った。

 そして、いざニューデリーへ赴任すると、東京銀行ニューデリー支店で、インド通貨ルピー建ての支局口座と個人口座を開設し、小切手帳も作った。

 お金の流れは、じつにややこしかった。まず、東京本社の経理部からニューヨークのぼく名義の口座に、米ドルで給料の一部や特派員手当、毎月ぼくが請求する支局と出張の経費が送金される。給料の残りは、東京のぼくの日本円口座に振り込まれる。

 そして、少なくとも毎月1度、ニューデリー支店へ出向いて、米ドルの小切手を切り、ニューヨークからニューデリーの支局口座に送金してもらう。その際、米ドルからルピーに変わるわけで、そのときどきの為替レートによって損したり得したりすることになる。そして、支局口座から個人口座に、ぼくの給料として決まった額を振り込むのだった。

 なぜこんな複雑なプロセスにするのか。インド税務当局に、ぼくが総額いくらを本社からもらっているかを絶対にわからないようにするためだった。当時のインドと日本では所得にものすごい格差があり、バカ正直に収入の全額を申告したら累進課税で“天文学的な”所得税を取られ、仕事も生活もできなくなるからだった。

 だから、インド人の税理士を雇い、毎月、厳密な金の管理をしてもらっていた。その方法で問題なく過ごしていたのだが、任期が終わり日本へ帰るとき、東京銀行ニューデリー支店でひともんちゃくが起きた。口座開設申請書のサインと口座閉鎖申請書の横文字サインがかなりちがっていて、「これじゃ閉鎖できない」と言われてしまった。

 ふたつの書類を比べると、まるで別人がサインしたほどちがっている。もともと字はへただし、サインを英語で書くたびに少しずつ変化していたらしい。うーん、困ったな。インド人の窓口嬢ではらちが明かないから、日本人の支店長を呼んでもらった。支店長はパーティなどでよく会っていたから顔なじみだ。「まあ、身元ははっきりしているし、これで受け付けましょう」と言ってくれた。

 それ以来、どこの国へ行っても、サインは漢字で書くことにしている。シェーンだし。

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