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2016年4月

大統領指名候補フランケンシュタイン

 「トランプは共和党が創造したフランケンシュタインの怪物」。アメリカ新保守主義の代表的論客は、こういう強烈なタイトルの論説を、ワシントン・ポスト紙に寄せた。

 トランプ氏は、共和党の「茶会派」に育てられたとされる。この派は、共和党保守派を支持する人びとの政治運動で、オバマ民主党政権とは逆に「小さな政府」を志向している。不動産王ドナルド・トランプ氏は、大統領選に向けた共和党指名候補争いで、いまやその茶会派から共和党を奪うと警戒されている。

 なぜ、虚言、妄言オンパレードの彼は「トランプ現象」「トランプ劇場」と世界が注目するほど、有権者の支持を集めるのだろうか。

 発言が過激だからこそ人気を博している。「メキシコ国境に壁を築き、費用はメキシコ政府に負担させよ」「当分のあいだ、イスラム教徒のアメリカ訪問を拒否せよ」。他の候補がこんなことを言えば暴言として非難されるが、トランプ氏の場合は、候補討論を生中継するテレビ番組の視聴率を稼ぎ、ネット上でも「面白い」とブームにつながっている。

 テレビ討論会はクイズ番組のようになり、大統領にふさわしい識見よりパフォーマンスが重視されてしまう。政治理念よりイメージの争いになったのだ。その傾向は以前からあったが、トランプ氏の登場でそれが究極まで高まった。

 彼は自著で「少々の誇張はかまわない。非常に効果的な宣伝方法だ」と語っているという。まさに、プロパガンダの申し子のような人物だ。メキシコ国境の壁の話も、実現できないと知りながら「強い指導者」のイメージ作りを狙ったのだろう。ニューヨーク・タイムズ紙は「メディアがトランプ氏を作った」とし、テレビは視聴率優先で「事実や経歴をよく精査しないまま発言を許している」と批判した。

 読売新聞によると、ある著名なアメリカ議会政治の研究者は、ウェブサイトの発展が政治を変容させたとする。「膨大な意見や情報源の喧噪に埋もれる世界では、誰もが自分の声を聞いてもらおうと努力するので、敵対者をののしったり、過激な発言をしたりするのは当たり前になった」

 トランプ氏は、背の低い対立候補を「チビのマルコ」「軽量級」と呼び、また他の候補を「うそつきテッド」と攻めた。相手もおなじような汚い言葉を使って対抗したが、トランプ氏のほうがポイントを稼いでいた。ワシントン・ポスト紙は「アメリカ大統領選史上、もっとも下劣な論戦」と書いた。

 アメリカでも、情報を一方的に伝えるテレビや新聞の影響力は相対的に弱まった。そして、ネットユーザーは自分の好きな情報を追い、嫌いな情報は拒絶する傾向が強い。多くの国民は自ら選んだ情報空間に閉じこもり、その空間を客観的裏づけのない情報が「事実」として拡散する。

 テレビは視聴率を重視し、ネットメディアはアクセス数を重視する。トランプ氏の過激発言は、ライブ番組やネットの世界にフィットし目立つのだ。

 「われわれが攻撃されても日本は何もする必要がないのに、日本が攻撃されればアメリカは全力で防衛しなければいけない。これは極めて一方的な合意だ」と日米安保条約に不満を示した。そして、在日米軍について、「日本が駐留費用の全額を払わないなら撤退する」と語った。

 毎日新聞は社説でこう書いた。「トランプ氏の発言は、米国の国力の低下による内向き志向を反映している。過剰反応すべきではないが、『日米安保ただ乗り論』を公然と語る人物が、大統領指名候補をうかがう時代になったことには注意を払う必要があるだろう」

 社説の締めはこうだ。「日米同盟は重要だ。だが、同盟強化一辺倒では、国際秩序の大きな構造変化に対応できないだろう。日本は思考停止に陥ってはならない。外交と防衛のバランスをとりながら安全保障政策のあり方を点検していく必要がある」

 沖縄問題での報道姿勢をみると、毎日新聞にとって在日米軍の撤退は歓迎すべきことではないのか。いざ、トランプ氏が撤退論を口にすると、「日米同盟は重要だ」とする。その立場と、普天間飛行場の辺野古移設反対論はどう整合性があるのか。日米は軍事同盟であり、集団的自衛権はその絆を固くするもののはずだが、反対論と同盟の重要性はどう整合性を持つのか。

 朝日新聞の社説は、論理破綻が露呈するのを恐れているのか、トランプ氏発言と在日米軍の話については沈黙しているようだ。思考停止しているのは、左派メディアのほうではないか。

 安倍政権は、日米同盟強化一辺倒ではない。朝日や毎日が書かないだけで、「地球儀外交」は国際社会から高く評価されている。そのバランス感覚は、歴代日本政府のなかでも群を抜いている、とぼくは思う。だから、G7外相の広島平和記念公園訪問も実現した。

 トランプ氏が大統領にならなくても、一定数のアメリカ国民が彼の主張を支持した現実は重く残る。アメリカにすがって来た日本は、近い将来、真に「独立」しなければならない時がくるかもしれない。在日米軍なしの祖国防衛をどうするのか。核は持たなくていいのか。それとも、自衛隊解体・非武装中立の夢想に立ち返るのか。

 フランケンシュタインが突きつけた激辛の現実に、日本の各メディアは、どう論陣を張っていくのだろうか。

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再生するロシアとでたらめの中国

 「経済指標は捏造できるが、人口学的指標は捏造できない」。フランスの歴史家で人類学者、人口学者であるエマニュエル・トッド氏は、こう断言している。2015年5月に上梓されベストセラーとなった『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』(文春新書)の第2章「ロシアを見くびってはいけない」で、その理由を詳しく述べている。

 なぜ、この言葉にぼくが注目したか。それは、社会主義の大国である中国と旧ソ連のことを、すぐに連想したからだ。

 トッド氏は「人口学的なデータはきわめて捏造しにくい」とする。そのうち、乳児死亡率(1000人の乳児のうち、1歳未満で死亡する数)は、ある国の現実の社会状態をうかがわせるもっとも重要な指標だそうだ。ケアのシステム、インフラ、母親と子どもに与えられる食物と住居、母親および女性一般の教育水準などを反映する。

 トッド氏は、1976年に『最後の転落』を上梓して、社会主義ソ連の終焉を予見した。それは、乳児死亡率が再上昇していることを、ソ連当局が発表した統計を分析して得た結論だった。この書物が刊行された後、ソ連は統計を発表するのをやめたという。人口学という一見地味な学問も、鋭い学者が駆使すればすごいことがわかるのだ。

 トッド氏は、「経済や会計のデータは易々と捏造できる」とし、まったく当てにならないことを示唆している。

 中国政府は、「2015年のGDPの伸びが6.9%だった」と発表した。日本でも、新聞やテレビはそれをそのまま伝えた。だが、中国経済をウォッチする専門家は誰も信じてはいない。

 その数字の背景はこうだ。2015年3月、日本の国会に当たる年に1度の全国人民代表大会で、李克強首相が「7%前後の成長」を確約してしまった。実際にはそんな成長は達成できなかったが、やむなく国家統計局が「6.9%」という数字を“作った”のだそうだ。

 では、本当の成長率はいくらか。いろいろな見方はあるが、高くて「4%台後半」で、「3%台」という声もある。人によっては、「マイナス成長」と見るケースもある。

 日本の成長率はマイナスだが、中国とはその意味がちがう。日本の完全失業率は3%ちょっととかなり低い。不況がつづき倒産する会社はあるが、暴動に発展したりするケースは皆無と言っていい。

 中国の現実はすさまじい。週刊現代は、2016年2月8日からはじまった春節の大型連休中に起きた倒産ラッシュを報告している。中国南部の江西省にある鉄道用鉱山では、連休中に社長一家が夜逃げし、工員たちが休暇からもどってきたらもう会社はなかった。こういうのを「春節倒産」と呼ぶそうだ。怒った工員たちは鉄パイプなどを振り回し、警備員や警察官の制止を振り切って会社内に押し入った。そして金目のものを根こそぎ奪い取ると、最後は市役所を取り囲んだ。

 遼寧省でも「春節倒産」のラッシュで、失業者たちがデモをしたり浮浪者となってたむろしていたり、不穏な空気が漂っているという。吉林省では、経済開発区のトップがエレベーターに乗ったところを襲われ、メッタ刺しにされて殺害された。そのニュースが伝えられると、ネット上には凶行に賛同する書き込みが相次いだ。<死ね、死ね!><奴隷たちが立ち上がったぞ!>

 中国全土での暴動は年間10万件に達するとの報道もある。中国の人口は日本のざっと10倍強だから、日本で暴動が起きたと仮定すると年間1万件となる。日本は民主主義の国であり、そんな事態になる前に政権は吹っ飛んでいるだろう。

 中国は、共産党による一党独裁の国だからそんなことにはならない。中国の体制を「上半身は社会主義、下半身は資本主義」あるいは「国家資本主義」と呼ぶこともある。たとえば、リニアモーターカーを走らせるにしても、日本なら計画沿線の自治体や住民と交渉して用地買収に巨額の費用と時間をかけなければならないが、国家資本主義なら簡単だ。当局が線を引いたところの住民を、うむを言わせず強制退去させ工事を進めて行けばいい。

 そういうニュースは日本のテレビでも流れるが、退去させられた住民はどこでどうやって暮しているのだろう。そうした民衆のたまりにたまった不満が、暴動となって爆発する。

 中国税関総署は「2016年2月の輸出額は、前年同期比で25.4%減、輸入額は13.8%減だった」と発表した。2015年から大幅にダウンしているから、ほぼ信用できる数字かもしれない。中国経済の退潮はとどまるところを知ず、日系企業などもどんどん撤退している。

 ニューズウィーク日本語版は、こんな記事を伝えた。<3月13日、中国時間の午後5時、中国政府の通信社「新華社」のウェブサイトに「中国最後の指導者、習近平」という報道が現れた。すぐに削除されたが、一部の中文(中国語)メディアがPDFでダウンロード。中文世界に衝撃が走っている>。「最後の」は単なる書き間ちがいか、誰かの意図的なものか。これは、予言となるのだろうか。

 ちなみに、プーチンが支配するロシアの乳児死亡率は、近年、目覚ましく低下しているそうだ。再生しつつあるロシアと崩壊寸前の中国は、あまりに対照的だ。

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インド、紙オムツ、爆買い

 ニューデリーで暮しているとき、日本人の特派員仲間は7人いた。そのうちのひとりIさんは、日本へ帰国してしばらく経ったあと、会社を辞めて四国の実家へ帰った。どうしているのかと思ったら、年賀状で「家業を継ぎ、紙オムツなどを作っています」と書いてきた。

 四国でなぜ紙オムツなのか、そっちの方面はよく知らないのでわからないが、どこかの大手メーカーの下請けをしているのだろうか。それにしてもIさんは、家業とはいえ、ぼくの知り合いのなかでも異色の転身をした。

 じつは、ニューデリーと紙オムツは、ぼくたち夫婦にとっては忘れられない記憶がある。息子は、生後半年でインドへやって来た。前任者からの情報で、インドのベビー用品はほとんど使い物にならないから、日本で調達して来たほうがいいということだった。

 インドが経済自由化して「開国」するより前のことだから、ろくな製品はなかった。準備する量は3年分だった。わが夫婦は、赴任のずっと前から物資調達に着手した。まず、日本食で長期保存に耐えるものを確保しなければならない。味噌や醤油は業務用を手に入れた。

 自宅で作れる「ハウス本豆腐」という便利なものがあると聞き、それも買った。いまでも不思議だが、この製品をなぜ日本で売っていたのだろう。日本に住んでいる限りスーパーへ行けば豆腐などいくらでも買える。だから、海外赴任者のために開発したのだろうか。

 食料だけでもすごい量になったが、次に重要なのがベビー用品だった。文字通り乳飲み子を抱えて、スーパーなどを回った。息子はよく飲みよく出すほうだったから、紙オムツは吸収率がいいものを用意する必要があった。しかも、成長に合わせ段階的に大きなものが必要になる。研究の結果、アメリカ製のパンパースが一番合っているとわかった。

 さて、ニューデリーにまずぼくが単身赴任して、3か月遅れでやって来た妻子と暮すようになると、紙オムツは予想を超えてたくさんいった。現地の店でインド製を買ったこともあるが、使い勝手の面でパンパースとは比べものにならない。だから、出張や家族健康診断、旅行でシンガポールへ行ったときに手に入れた。かみさんによると、シンガポールのパンパースは日本で買うよりかなり高かった。それでも、ないわけにはいかないから大量に買って、飛行機の預け入れ荷物として持ち帰るのだった。

 あるとき、シンガポールの先輩特派員がニューデリーへ出張で来ることになった。「お土産は何がいい?」とあらかじめ聞かれたので、ためらわず「パンパースXLを」と頼んだ。空港へ出迎えに行くと、先輩は手に大きなパンパースの袋を持って現れた。

 また、日本から、友だちのルリコさんとマリさんがインド旅行に来たときのことだ。「何を持って行ったらいいですか?」とルリコさんが聞いてくれたので、やはりパンパースを頼んだら、「マリちゃんは花王に勤めているので、メリーズでもいいですか?」。もちろん、メリーズも喜んで使わせてもらった。

 先日、週刊新潮で中国人による爆買いの記事を読んでいたら、その懐かしいメリーズが大人気だという。都内のドラッグストアの男性販売員のこんな話が載っている。「あいかわらずの売れ行きです。販売個数制限をもうけても、まだ需要に供給が追いつきません」。指さす先には「紙オムツ3パックまで」と中国語で書いたポップとスカスカになった棚があったそうだ。

 「中国人観光客のお目当ては日本製の『メリーズ』。みなさん、個数制限ギリギリまで購入していかれます。でも、なかには、もう1回買うために変装して訪れる人もいるみたいですよ」

 じつは、メリーズは中国でもまったく同じ品質のものが生産されているという。それでも、かさばる商品をわざわざ日本で買って中国に持ち帰る。その動機はSNSなどの口コミらしい。当初、「日本から輸入したメリーズがすごい」という評価が拡散し、現地生産がはじまっても、“レジェンド紙オムツ”みたいに日本製が祭り上げられているそうだ。

 まあ、通気性のよさ、柔らかさ、吸収力のよさといった高機能の商品であることはまちがいない。

 紙オムツに限らず、中国人は中国製の商品を鼻から信用していないという社会背景があるだろう。それに、言論統制された国だから、SNSなどの口コミが日本では想像もできないほど発達しているのではないか。

 そう言えば、インドで暮しているときにも、口コミのすごさをよく体験した。いつも暇をもてあますお抱え運転手のヘンリーに聞けば、地域のたいていのことは知っていた。当時は、携帯電話はもちろん庶民には電話もなかったぶんだけ、口コミであっという間に広がるのだった。

 ぼくたちが、いよいよ日本へ帰るとき、処分品をガレージセールで売った。2、3日前、ヘンリーに「口コミでお客さんを集めてくれ」と言ったら、当日、大挙してかなり遠くのひとまでやって来た。

 紙オムツの想い出を書いていて、いまふっと思った。ぼくたち夫婦がシンガポールでやっていたことも、“爆買い”だったなぁ、と。変装する必要まではなかったが。

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