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2016年5月

ニッポン1億総活躍には、企業文化の大改革が要る

 女子サッカー・アメリカ代表のベッキー・ソーアーブラン選手は、2016年4月、女子が男子と同額の報酬を受け取れない場合、夏の「リオデジャネイロ五輪をボイコットする可能性もある」と米スポーツ専門チャンネルESPNに明かした。

 米女子代表はW杯カナダ大会で優勝したが、米男子代表はW杯ブラジル大会で決勝トーナメント1回戦敗退に終わった。それでも、女子代表に支払われた賞金は、選手と関係者の分を合わせて200万ドル(約2億200万円)にすぎず、ベスト16に終わった男子代表には900万ドル(約9億9000万円)が与えられた。

 ソーアーブランをふくむ代表チームの5人は、アメリカ・サッカー連盟(USSF)の対応を求めて、雇用機会均等委員会(EEOC)に訴えた。

 ソーアーブランは、法的な措置によって「平等なプレーに対する平等な報酬」が実現することを願っているとし、「報酬の面でも、リスペクトの面でも、この訴えによって状況が改善すればいいと思う」と語った。

 これはいまわが国で注目を集めている「同一労働同一賃金」の問題とおなじだな、と思って行く末に興味をもった。確かに、なでしこJAPANとハリルJAPANの待遇の差、一般に女子選手と男子選手の差は、女子選手が可哀想なほどにちがう。

 日本政府は、5月、「ニッポン1億総活躍プラン」を決定した。雇用形態のちがいによって賃金差をつけない同一労働同一賃金の実現を柱の一つにすえた。安倍首相は、3月、「最大のチャレンジは働き方改革だ」と、意欲を示していた。

 7月の参院選でも、与党はこの取り組みをアピールするとみられる。もともと、同一労働同一賃金は、旧民主党が訴えていた政策だった。民進党など野党は「格差問題でアベノミクスを批判しづらくなる」と複雑な心境だという。

 パート労働者の賃金水準のフルタイムに対する割合は、ドイツが79%、フランスが89%で、日本の56%を大きく上回る。安倍政権は、日本の割合を7~9割に引き上げるというのだ。政策をぶちあげるのはたやすいが、実際には課題がたくさんある。

 ベルリンにいるとき、ドイツの民間会社で働いている日本人の女の子と知り合った。東京でOLをしていたが、「ヨーロッパで働いてみたくて」ドイツ語を猛勉強し、ベルリンに来たのだという。

 ドイツのオフィスに大部屋というものはなく、個室またはふたり用の小部屋で働く。おなじ部屋の相方の仕事がたまっていても、手伝うという発想はドイツにはなく、自分のその日の仕事が終わればさっさと帰宅する。

 職場の人間関係もドライで、社員の誰かの誕生日には、缶ビールを買ってきてみんな集まって乾杯し、1本飲んでさっさと解散する。ドイツも戦前はこんなにドライではなかったそうだが、ナチス時代に人間関係が濃密過ぎて国を滅ぼしたという考え方から、職場環境が激変していまに至るという。

 社員個々のテリトリーが非常にはっきりしている。日本の新聞で「ヨーロッパは職務給」とされるその実態がこれだ。賃金体系は年功序列ではなく、また、やっている仕事ともらう賃金の関係が明確だから「同一労働同一賃金」が比較的容易に実現できる。

 安倍首相が言うように、働き方そのものの発想を変えないかぎり、同一労働同一賃金は達成できない。

 日本であっさりと同一労働同一賃金を実現させたケースとして、共同通信はスウェーデン発祥の家具大手イケア・ジャパンを取り上げている。この会社では、取り寄せた商品を巨大な倉庫のような店の棚に並べる物流担当、在庫情報の問い合わせに答える顧客担当など、職場では正社員とパートがおなじ仕事をしており、同一賃金の対象となる従業員がはっきりしていた。

 つまり、ヨーロッパ式の職場環境だったわけだ。「時間当たりの賃金がおなじということは責任もおなじだ」という考えが浸透し、「短時間勤務の人にも仕事を頼みやすくなり、仕事の処理速度が上がった」という。

 ただ、一部には、年収が増えたために夫の扶養家族ではなくなり、社会保険料などの負担が増えることを敬遠して退職したひともいるという。これは税制度の問題で、一億が総活躍するには税体系など総合的な改革が必要となる。

 外資系だからこその取り組みとも言えるが、日本の会社で職場環境を大改革するのは大変だろう。うちのかみさんが以前働いていた食品会社では、正社員はサービス残業や多国籍のパート相手の人事管理で大変なうえ、転勤もあるのに、収入面では正社員よりずっといいパートのおばさんがいくらでもいた。

 うちの娘は、東京のある会社の正社員をしていたが、週末は休めないうえ残業残業の日々だった。だから、あえて正社員をやめ派遣の仕事に移ってハッピーになった。給料が減った分は、サイドビジネスで稼いでいる。

 日本の生産性は、OECD加盟34か国のなかで21位と非常に低い。用もないのに上司や先輩に気兼ねして退社しない空気があり、働いているふりをするパフォーマンス・バカ社員も多すぎる。まず手をつけるべきなのは、そういう企業文化ではないのか。

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明治維新を逆から見ると

 山口県萩市、松陰神社境内の一画にある売店という名の土産物屋は、修学旅行の高校生らでにぎわい、「松陰先生まんじゅう」や「松陰餅」が売れていく。棚には、松陰の辞世の一首をつづった絵皿が飾られている。

 吉田松陰が再興した私塾・松下村塾は、その境内にある。というより、いまも建物がのこる塾の土地に神社が創建された。明治40年、松陰は神になった。そして、昭和30年、大きな松陰神社が建てられ、創建当初の社はおなじ敷地内の奥に移築され、松門神社とされて塾生や門下生など53人を祀っている。

 松下村塾は、松陰の実家・杉家の小屋を改造して作られ、のちに松陰や塾生が自分たちの手で増築した。みすぼらしい造りだが、そこで1年余り、松陰は塾生らに『孟子』や兵学などを教えたと伝えられる。塾生には、全国の倒幕の志士の総元締の役割を果たした久坂玄瑞らがおり、その死後に、藩論を倒幕にまとめ幕府軍を打ち破った高杉晋作がいた。

 明治維新を成し遂げた「官軍」側からみれば、松下村塾は文字通り聖地であり、そこに松陰神社が建てられるのは、自然な成り行きだったのだろう。かつて、インド人の親友プラメシュからこう聞いたとき、面白いと思った。「ヒンドゥー教では、新しい神がどんどん生まれているんだ」。だが、考えてみれば、神道でも、菅原道真や吉田松陰などの御霊が新しい神として祀られてきたわけだ。

 そして、時が経つとともに、ますます神格化されていく。われわれは、松陰神社や「松陰先生まんじゅう」を抵抗もなく受け入れる。境内にある「至誠館」に展示されている、獄中の松陰が刑死直前に書き残した「留魂録」の現物をみて、幕末には偉い人がいたんだと感心する。NHK大河ドラマ『花燃ゆ』で、イメージはさらに固定された。

 だが、それは官軍側からみた歴史観にすぎない。明治維新とは本当は何だったのか、と問いかける書物がある。作家の原田伊織氏が書いた『明治維新という過ち~日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト~』だ。

 <そもそも長州・薩摩は、徳川政権を倒すために天皇を利用しようとしたに過ぎない。そのために「尊皇攘夷」という大義名分が必要となった>。長州藩が京都御所に攻撃を仕掛けた蛤御門の変をみてもわかるように、松陰らは心底、天皇を崇敬していたのではないとする。

 <「尊皇攘夷」を便法として喚き続けているうちに本当に気狂いを起こし「王政復古」を唱え、何でもかでも「復古」「復古」となり、大和朝廷時代が本来のあるべき姿であるとなってしまった。その結果、寺を壊せ、仏像を壊せ、経典を焼け、坊主を成敗せよ、となってしまった>

 廃仏毀釈として知られるこの政治運動は、<古来の仏教文化でさえ「外来」であるとして排斥した>。奈良の興福寺だけで2千体以上の仏像が破壊されたり焼かれたりしたという。批判的にみれば、毛沢東の文化大革命や現代のイスラム国(IS)と似ている。

 そして、<政権を奪うや否や一転して西洋崇拝に走った>。原田氏は、そこに、朝日新聞を知的基準とする「戦後知識人」や「ユーミン世代」とおなじメンタリティーを指摘する。あるとき、180度豹変するのだ。歴史を精神分析する心理学者の岸田秀先生は、「それが統合失調症の特徴だ」とぼくに解説してくれた。

 原田氏はこう述べる。<日本人は、テンション民族だといわれる。いわゆる「明治維新」時と大東亜戦争敗戦時に、この特性が顕著に表われた。その悪しき性癖は、今もそのまま治癒することなく慢性病として日本社会を左右するほど悪化していることに気づく人は少ない>

 松下村塾の歴史的意義についても、原田氏は手厳しい。<師が何かを講義して教育するという場ではなく、よくいって仲間が集まって談論風発、『尊皇攘夷』論で大いに盛り上がるという場であったようだ>

 ずっとのちに、松陰を師として崇め出したのは山縣有朋だった。その動機として原田氏は、自分に自信のない権力者、<現代でいえば、学歴、学閥に異常に執着する政治化や官僚、大企業幹部や一部の学者と同様>だとする。有朋を<長州閥の元凶にして日本軍閥の祖>と呼び、<日本の軍国主義化に乗って、雪だるまが坂道を転がるようなもので、気がつけば松陰は「神様」になっていた>と断じる。

 <百歩譲って、松陰が何らかの思想をもっていたとしても、それは将来に向けて何の展望もない、虚妄と呼ぶに近いもので、ひたすら倒幕の機会を窺っていた長州藩そのものにとっても松陰は単なる厄介者に過ぎなかった>

 明治という新しい国・時代を築いていこうとするとき、人びとには「神話」が必要だった。それが、萩であり吉田松陰であり松下村塾だった。

 原田氏はこう指摘する。<私たちは、明治から昭和にかけての軍国日本の侵略史というものを、御一新の時点から一貫してなぞって振り返ってみるという作業を全く怠っているのである>

 原田氏は、京都・伏見に生まれ滋賀県で幼少期を過ごした。この書物は、戊辰戦争に敗れ薩長に恨みをもつ土地の生まれではない人物による「もうひとつの日本近代史」だ。

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「臭いものへの蓋」が吹き飛ぶとき

 スマホを開くと、フェイスブックにこんな投稿があった。

 <熊本の地震は人工地震だよ。安倍政権の陰謀で><パナマ文書から国民の目をそらすためと考えるのが自然。国民を顧みないアベ独裁政権打倒!>

 「友達」をあえて制限しているぼくのフェイスブックに表示されるほどだから、この投稿はかなり拡散しているのだろう。

 こんなガセネタがどうして広がっていくのか。ガセと知っていながら、面白がってシェアするのか。それとも本当だと信じているのか。

 こうしたときに問われるのがメディアリテラシーだ。ここでいうメディアとは、報道機関だけでなくフェイスブックなど広く伝達する能力を持つ「媒体」すべてが対象となる。リテラシーとは読み書き能力の意味だ。

 したがって、メディアリテラシーは、情報メディアを主体的に読み解いて必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のことを指す。「情報を評価・識別する能力」とも言える。欧米では、その能力をつけるための教育が行われている国もある。

 わが国でそうした意味でのメディアリテラシーが広まったきっかけは、2002年のサッカーW杯日韓大会だったとされる。マスメディアは、韓国の試合での相次ぐ疑惑判定やスタジアムでの韓国人観客による反日行為をいっさい報道しなかった。一般の日本人サポーターの多くは、日韓友好だけを重視し事実を報じないマスメディアを見限り、自分たちでネット情報などを集めるようになったとされる。ジャーナリスト西村幸祐氏の著書『「反日」の構造』に詳しく書かれている。

 この場合は、メディアリテラシーが良い意味で強化されたが、冒頭に引用したフェイスブックの例などをみると、日本人のメディアリテラシーはまだまだといった感じだ。

 事実を報じないマスメディアの大新聞を見限る、という言葉を連想させるニュースが、2016年4月にもあった。週間ポストが書いた記事だ。見出しはこうだった。<朝日新聞またも危機! 「押し紙問題」の不可解な裏事情>

 公正取引委員会の委員長が、日本記者クラブで会見をした際、朝日記者が「押し紙」について質問したのがきっかけだったという。「新聞社から配達されて、(新聞が)ビニール袋にくるまったまま古紙回収業者が回収していく。私が見聞したところだと、25%から30%くらいが押し紙になっている」。そして、「毎日、読売など他の新聞も同じような問題を抱えているのではないか」と言った。

 押し紙というのは、実際に各戸配達するよりかなり多くの部数を新聞社が販売店に押しつける行為で、もちろん独占禁止法に違反する。新聞業界の最大のタブーとされる。新聞社は水増しした公称部数で広告主から水増し収入が得られるし、販売店も折り込みチラシの部数をかさ上げでき手数料を稼ぐメリットがある。

 いわゆる拡販競争のなかで生まれた悪しき慣習だ。さらに、若い世代を中心に新聞を読まないひとが増え、新聞業界全体が斜陽化している現実を背景に、その水増し率が上がったようだ。週間ポストによると、ホリエモンこと堀江貴文氏は「てかこれ完全に詐欺やん。ぜんぜん問題にならないのはそれだけマスコミの力が強いからだけど弱くなったらヤバイよね」とツイートした。

 販売店は押し紙代を新聞社に払わなければならないが、これまでは折り込みチラシ収入で補って利益も出ていた。しかし、近年は不況やネット広告のあおりで折り込み件数が減り、押し紙代が経営を圧迫するようになって、新聞社に押し紙を断るケースも多い。それに対し、朝日は押し紙1部当たりの補助金を出し、それがいまでは月額1500円にものぼるという。

 公取委は、朝日記者の“公開内部告発”とある販売店からの苦情を受け、朝日に対して口頭で「注意」を行った。これはイエローカードと受けとめられている。公取委は総理大臣直属の機関で、独禁法に違反した事業者に排除措置命令を出し、課徴金を課す強大な権限がある。

 本格的に摘発されたら、朝日の部数は一気に200万部近くが吹っ飛ぶことになる。他紙も他人事ではすまない。加えて、スポンサーから広告費水増し分を過去10年間さかのぼって返還要求されることもあり得る。潰れる新聞社も出て来るかもしれない。

 週刊新潮も、この問題を取り上げた。水増し部数は2割から4割との見方があり、関東のある毎日販売店では約74%が配達されていなかったという極端な例も紹介されている。一般的にはどれほど行われているのだろうか。

 一番の問題は、それを新聞やテレビがまったく報道しないことだ。日本のテレビ局はたいてい新聞社が大株主で、事実上のオーナーが共通する「クロスオーナー制度」の弊害が指摘されて久しい。メディアはことあるごとに「知る権利」という言葉を振りかざすが、自社や系列会社に都合の悪いことは国民に知らせない。

 朝日の押し紙問題もネットを中心に広がった。近いうちに「臭いものにかぶせた蓋」が吹き飛ぶ気配がある。そのきっかけは、やはりネット情報ではないか。そのときこそ、われわれのメディアリテラシーが問われることになる。

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ナチスのイメージカラー

 「ナチスと聞いて、何色を思い浮かべますか?」
 ギーガーさんが、レンタカーのハンドルを握ったまま、思いがけないことを聞いてきた。戦後50年に当たる1995年初秋のことだ。

 ぼくは、ドイツのボンからミュンヘンに飛び、その街の知人ギーガーさんに、取材旅行の運転手兼ガイドを頼んだ。

 ぼくたちが目指していたのは、オーストリアの北西部にある小さな町ブラウナウだった。そこに残るヒトラーの生家をオーストリア政府が買い上げて平和のための記念施設にする構想が持ち上がっていると聞いて、ぜひ訪ねたいと思ったのだった。

 「町の名前はBraunauでしょ。だからか、ナチスのイメージカラーはどうしてもbraunだと思ってしまうんです」

 braunは英語のbrownとおなじ発音、おなじ意味で、「褐色」のことだ。ギーガーさんの言葉に、なるほど、ドイツ人はそういう連想をするんだな、と考えさせられた。

 ナチスの機構にはさまざまな組織があった。そのなかでも、もっとも邪悪非道なことをしたとされるのがナチス親衛隊(SS)だった。その制服は、軍服マニアのあいだでは「世界でもっともカッコイイ」とされ、黒色だった。

 ぼくの記憶が正しければ、褐色の制服を着ていたのは、ナチスの機構とは別組織の国防軍だった。でも、ギーガーさんとおなじように、ナチスと言えば褐色を連想するドイツ人は、たくさんいるのかも知れない。

 そのころ、オーストリア内務省はブラウナウ町当局や家主の女性と近く生家の扱いについて協議する、というニュースが流れていた。内務省は「構想については、まだ白紙」としていたが、「反ファシズム・センター」とする案が有力だとされた。

 生家は、静かな住宅街に建つ集合住宅にあった。日本で言えば、古いマンションといった感じか。ヒトラーは、その二階のある世帯で、1889年の4月20日、税関吏の三男として生まれた。

 建物前の路肩には、ドイツ語でこう刻んだ大きな石碑が据え付けられていた。「数百万の死者は警告する。ファシズムを二度と許すな。平和、自由、そして民主主義のために」

 ヒトラー生誕90周年の際、極右グループがここに集まって騒ぎを起こしたことから、政府が「この地を極右・ネオナチの聖地としてはならない」という意味で建てた。1989年の生誕百周年にも極右グループが集まったため、政府が生家の扱いを検討してきたという。

 ヒトラーの生家をふくむ集合住宅は、当時のまま残っており、過去、地区の図書館や教育施設になったこともあった。

 ぼくとギーガーさんが訪れたときには、一階が公立の障害者作業センターとして使われていた。ぼくたちは中に入り、作業の様子を見せてもらい、写真を撮ったりした。さまざまな企業の下請けで機織りやミシン掛けなどをしていた。

 ヒトラーは、ユダヤ人だけでなく障害者なども強制収容し、多くを虐殺した。センターの責任者は「まったくの偶然ですが、そのヒトラーの生家でいまは障害者が働いている。このままでも平和の施設と言えるかもしれない」と話した。

 ここで、「平和」という言葉の意味するもののちがいを理解しておかなければならない。日本では、戦争の対語として平和を考えるが、ドイツやオーストリアでは、戦争と言えば、国と国が武器をもって戦ったことを連想するのではなく、ホロコーストのことをイメージする。

 ホロコーストとは、敵国人ではなく自国のユダヤ人や障害者、同性愛者を虐殺した人道犯罪であり、ほんらい戦争とはちがう次元の行為だった。だが、それこそが戦争犯罪だとヨーロッパの人びとはマインド・コントロールされてきたのだった。

 ここに、日本との決定的な差がある。ナチス・ドイツが遂行した第2次世界大戦での戦死者は、2000万人を大きく超える。それとはまったく別に、600万人もの人びとを虐殺したのがホロコーストだ。

 生家前の石碑に刻まれた「数百万の死者は警告する」という言葉は、戦死者ではなくホロコースト犠牲者の数だ。だから、オーストリア人の考える戦争とはホロコーストのことなのだ。

 時は経ち、2016年春、オーストリア内務省が「ヒトラーの生家があった建物を家主の女性から強制収用する方針」という情報をAFP通信が流した。「ナチスの支持者のために建物が利用される事態を避ける唯一の策が強制収用との結論に達した」という。

 政府は家主に買い取りを打診したり利用方法を話し合ったりしたが、まとまらず、2011年から空き家になっていたそうだ。

 このニュースは、ドイツでもオーストリアでも、ヒトラーを崇めナチズムを信奉する勢力がいまだにたくさんいるという現実を示している。中東・アフリカからの難民流入への反発で、むしろますます拡大している。

 ナチスの過去は、まったく克服されていないということだ。

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