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ナチスのイメージカラー

 「ナチスと聞いて、何色を思い浮かべますか?」
 ギーガーさんが、レンタカーのハンドルを握ったまま、思いがけないことを聞いてきた。戦後50年に当たる1995年初秋のことだ。

 ぼくは、ドイツのボンからミュンヘンに飛び、その街の知人ギーガーさんに、取材旅行の運転手兼ガイドを頼んだ。

 ぼくたちが目指していたのは、オーストリアの北西部にある小さな町ブラウナウだった。そこに残るヒトラーの生家をオーストリア政府が買い上げて平和のための記念施設にする構想が持ち上がっていると聞いて、ぜひ訪ねたいと思ったのだった。

 「町の名前はBraunauでしょ。だからか、ナチスのイメージカラーはどうしてもbraunだと思ってしまうんです」

 braunは英語のbrownとおなじ発音、おなじ意味で、「褐色」のことだ。ギーガーさんの言葉に、なるほど、ドイツ人はそういう連想をするんだな、と考えさせられた。

 ナチスの機構にはさまざまな組織があった。そのなかでも、もっとも邪悪非道なことをしたとされるのがナチス親衛隊(SS)だった。その制服は、軍服マニアのあいだでは「世界でもっともカッコイイ」とされ、黒色だった。

 ぼくの記憶が正しければ、褐色の制服を着ていたのは、ナチスの機構とは別組織の国防軍だった。でも、ギーガーさんとおなじように、ナチスと言えば褐色を連想するドイツ人は、たくさんいるのかも知れない。

 そのころ、オーストリア内務省はブラウナウ町当局や家主の女性と近く生家の扱いについて協議する、というニュースが流れていた。内務省は「構想については、まだ白紙」としていたが、「反ファシズム・センター」とする案が有力だとされた。

 生家は、静かな住宅街に建つ集合住宅にあった。日本で言えば、古いマンションといった感じか。ヒトラーは、その二階のある世帯で、1889年の4月20日、税関吏の三男として生まれた。

 建物前の路肩には、ドイツ語でこう刻んだ大きな石碑が据え付けられていた。「数百万の死者は警告する。ファシズムを二度と許すな。平和、自由、そして民主主義のために」

 ヒトラー生誕90周年の際、極右グループがここに集まって騒ぎを起こしたことから、政府が「この地を極右・ネオナチの聖地としてはならない」という意味で建てた。1989年の生誕百周年にも極右グループが集まったため、政府が生家の扱いを検討してきたという。

 ヒトラーの生家をふくむ集合住宅は、当時のまま残っており、過去、地区の図書館や教育施設になったこともあった。

 ぼくとギーガーさんが訪れたときには、一階が公立の障害者作業センターとして使われていた。ぼくたちは中に入り、作業の様子を見せてもらい、写真を撮ったりした。さまざまな企業の下請けで機織りやミシン掛けなどをしていた。

 ヒトラーは、ユダヤ人だけでなく障害者なども強制収容し、多くを虐殺した。センターの責任者は「まったくの偶然ですが、そのヒトラーの生家でいまは障害者が働いている。このままでも平和の施設と言えるかもしれない」と話した。

 ここで、「平和」という言葉の意味するもののちがいを理解しておかなければならない。日本では、戦争の対語として平和を考えるが、ドイツやオーストリアでは、戦争と言えば、国と国が武器をもって戦ったことを連想するのではなく、ホロコーストのことをイメージする。

 ホロコーストとは、敵国人ではなく自国のユダヤ人や障害者、同性愛者を虐殺した人道犯罪であり、ほんらい戦争とはちがう次元の行為だった。だが、それこそが戦争犯罪だとヨーロッパの人びとはマインド・コントロールされてきたのだった。

 ここに、日本との決定的な差がある。ナチス・ドイツが遂行した第2次世界大戦での戦死者は、2000万人を大きく超える。それとはまったく別に、600万人もの人びとを虐殺したのがホロコーストだ。

 生家前の石碑に刻まれた「数百万の死者は警告する」という言葉は、戦死者ではなくホロコースト犠牲者の数だ。だから、オーストリア人の考える戦争とはホロコーストのことなのだ。

 時は経ち、2016年春、オーストリア内務省が「ヒトラーの生家があった建物を家主の女性から強制収用する方針」という情報をAFP通信が流した。「ナチスの支持者のために建物が利用される事態を避ける唯一の策が強制収用との結論に達した」という。

 政府は家主に買い取りを打診したり利用方法を話し合ったりしたが、まとまらず、2011年から空き家になっていたそうだ。

 このニュースは、ドイツでもオーストリアでも、ヒトラーを崇めナチズムを信奉する勢力がいまだにたくさんいるという現実を示している。中東・アフリカからの難民流入への反発で、むしろますます拡大している。

 ナチスの過去は、まったく克服されていないということだ。

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