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日本のそこにテロリストがいる

 昭和文学全集(小学館)の巻26を本棚から引っ張り出して、吉村昭の小説『星への旅』を読んだ。この作品は、昭和41年(1966年)、第2回太宰治賞を受賞したそうだ。もしこの作品が2016年のいま発表されていたらどうだろう、と思いながらページをめくっていった。

 小説であり展開は複雑だが、あえて筋立てを整理すると、以下のようになる。

 主人公の光岡圭一は、大学受験に失敗し予備校生となった。朝、家を出ても予備校へ行く気にはなれず駅のベンチに座っていたところ、画塾に通っているという三宅と知り合う。彼は、美容学校生の槙子、予備校生の有川、定時制高校生の望月の4人グループに圭一を誘った。彼らは、まったく何もすることがない点で、圭一と共通していた。

 圭一の父親は大学教授で帰宅しても書斎に閉じこもり、主婦の母親は稽古事に外出しがちで、彼は広い邸のなかで放置されていた。予備校生となって2か月後、いまで言う五月病にかかった。

 <体が晩春の夕空に浮上して行くような、内部に満ちていたものが跡形もなく気化してまたたく間に自分の体が一つの形骸に化していくような、虚ろな気分であった>

 予備校生・有川の口癖は「戦争でもおっぱじまらねえかな」だった。<かれの観測によれば戦争の発生は目前のことで、その発端はアジア地区にあって日本でもクーデターが起り、戦争の渦中にかれらも積極的に参加させられることになるのだという。戦争は、壮大な破壊であることにはちがいないが、破壊こそ人間社会の進化を推しすすめてきた原動力であることを考えれば、その破壊行為に自分はすすんで参加する意義を感じる……と、かれは力説するのだ>

 槙子は美容整形をくり返し<自分の過去と全く絶縁した新しい女の顔を持ちたい>という願望を持っていた。望月は、阿片の吸煙に憧れ、その資金をつかむため金庫破りを空想していた。三宅は、人を集めて組織化することばかり考えていた。

 <かれらは、こんな風にそれぞれに異った意見をいだいて、時折思いついたように倦怠感を追い払おうと突飛な企てを口にし合っていた>。あるとき、望月が「死んじゃおうか」と投げやりに言った。それをきっかけに、<或る思いもかけない熱っぽいものが、かれらを支配しはじめていたのだ><仲間たちの間に、今までには感じられなかった得体の知れぬ活気のようなものが流れはじめていることはたしかだった>

 <旅立ちが、いつの間にか自然の成り行きのように圭一たちの間で決定され、三宅を中心にしてその内容が積み木細工のように入念に組み立てられていった。初めの頃感じられた死に対する悲壮感は徐々に影をうすめ、かれらは、死という言葉を陽気にもてあそびながら旅の企てを熱心に検討し合った>

 <旅の目的地は、簡単に北国の海辺ときまり、地図の上で、圭一たちは、小さな漁村を探し出した>

 有川がホロつきのトラックを確保し、運転手役に名乗り出た。ガソリンを入れたドラム缶、毛布、食料などを荷台に積み、5人そろって出発した。ほかに三宅が知り合った自殺志望の男女3人も同乗させ、旅の途中で降ろしてやった。その男は貨物列車に飛び込んで死に、女性ふたりは手に手を取って森のなかへ消えた。

 圭一は、<幼い頃、死者は昇天して星の群の一つに化するのだという話を、祖母からきいた記憶がある>。5人は北国の漁村へ着き、海に入ってはしゃいだりしながら、死に場所を探した。場所が決まると、服のポケットに石を詰め、互いの体をロープで縛り合って、断崖から身を投げた――。

 アメリカのフロリダ州で2016年6月、銃乱射テロによって100人以上を死傷したアフガニスタン系の容疑者(29)は、フェイスブックに「イスラム国への空爆に対する復讐だ」などと書き込んでいたとされる。

 もし、圭一たちがいまの時代に生きていて、ただ、集団自殺するだけでなく、何らかの「大義」を掲げ「どうせ死ぬなら派手にいこうぜ」と考えたらどうだろう。たとえば「イスラム国(IS)指導者に忠誠を誓う」という口実とおなじようなものを見つけたら。
 

  死を覚悟すれば、どんなことでもできる。日本で自動小銃や爆弾を手に入れるのは、アメリカとちがいたやすくはないが、凶器はその気になればいくらでもある。

 2008年6月に起きた秋葉原無差別殺傷事件の凶器は、車だった。25歳の青年が2トントラックで歩行者5人をはねとばし、通行人・警察官ら17人を、両刃のダガーナイフで立て続けに殺傷した。

 2016年6月21日には、北海道の釧路で、男(33)が女性らに包丁で切りつけ、ひとりが死亡3人が負傷した。犯人は「ぼくの人生を終わらせたくて、殺人が一番死刑になると思ってひとを刺した」と供述したという。精神疾患に悩んでいたとされる。

 もし、ふたつの事件の犯行動機が政治的なものだったら、立派なテロリストだった。

 いま50年の時を経て、『星への旅』に映画化またはマンガ化の話が浮上すればどうだろう。若者たちの「寝た子を起こす」ことにはならないか。圭一たちは、ホームグロウン(自国育ち)のテロリストまであと一歩、という気がしてならない。

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