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2016年7月

にわか暴走族も、ちょっとくらいは

 出雲へUターンする前は、埼玉県戸田市にずっと住んでいた。国道17号線を南へ向かって1キロほど散歩すると、戸田橋を渡って、東京都板橋区となる。戸田市は典型的な東京のベッドタウンで、市民の多くも「埼玉都民」だった。

 最寄り駅から新宿までは、各駅停車でもわずか21分で、ぼくたちも、埼玉県民という意識はほとんどなかった。

 以前は、夏の週末の夜になると、東京方面からけたたましいクラクションを鳴らした暴走族が北上し、眠りから起こされた。暴走族のあとを、パトカーがサイレンを鳴らしながら追っかける。

 まあ、風物詩みたいなものだった。

 近年は、そういう迷惑行為もとんとなかったが、報道によると、久しぶりに暴走族が現われ、かつてのわが家の横を疾駆したらしい。

 2016年7月に警察が発表した、集団暴走の理由がなかなか傑作だった。「彼女ができない腹いせに」蛇行運転や信号無視などバイクでの暴走行為をくり返したとして、18歳の少年ら10人が摘発されたという。

 暴走行為があったのは、5か月も前のことで、埼玉県川口市の少年らが、2月、東京都板橋区から埼玉県にかけて、バイクで蛇行運転や信号無視をくり返した。

 警視庁によると、少年らは、リーダー格の少年(18)がバレンタインデーまでに彼女ができなったことを理由に仲間を集め、腹いせに暴走行為をしていた。

 取り調べに対していずれも容疑を認め、「東京のパトカーは埼玉には来ないと思った」などと供述したという。警視庁は、少年らが2年間で10回以上、暴走行為をしていたとみて調べている。

 このニュースを聞いたとき、別にけが人が出たわけでもないらしく、「まあ、若者にもフラストレーションはあるだろう」と、非難する気にはならなかった。

 むしろ、そのくらいの気概(?)があるほうが若者らしくていい。もし、かつてのわが家で寝ていたら、うるさいとは思ったのだろうが。

 欲求不満を感じない少年なんて、かえって気色が悪い。

 未婚で恋人がいない20~30代のうち、4割弱が「恋人はいらない」と考えていることが、2015年6月に公表された内閣府の「結婚・家族形成に関する意識調査」で明らかになっている。

 J-CASTニュースによると、調査は14年12月から15年1月にかけて20〜30代の男女7000人を対象に実施され、2643人が回答した。

 「恋人は欲しくない」と回答者したのは、男性が36・2%、女性が39.1%だった。年代別では男女とも20代の方が高く、男性では39.7%、女性では41.1%にのぼっていた。

 全回答者のうち、未婚かつ恋人がいないのは約3割にあたる761人だった。調査ではこの人たちに「あなたは今、恋人が欲しいですか」と質問。その結果、60.8%が「欲しい」、37.6%が「欲しくない」と答えた。

 交際経験の有無で見てみると、「経験あり」の人では29.5%と3割程度だったのに対し、「経験なし」の人では50.3%と過半数を超えていた。

 調査では「欲しくない」と回答した286人に理由を聞いている(複数回答可)。そこで、最も多く選ばれていたのは「恋愛が面倒」46.2%だった。次いで「自分の趣味に力を入れたい」(45.1%)、「仕事や勉強に力を入れたい」(39.2%)、「恋愛に興味がない」(28.0%)の順となった。

 恋愛が面倒というのは、人間関係がますますむずかしく、かつ、アニメやアイドル全盛のいまの時代を反映したものか。それにしても、趣味や仕事、勉強に力を入れたいから恋愛をしないというのは、恋人ができない言い訳としか思えない。

 各メディアでは、この結果をもって「若者の草食化、絶食化」「恋愛に後ろ向きな若者の姿」などと分析したそうだ。かつての若者は、少なくともホンネでは恋人が欲しいと考えていただろうが、いまはそうでもないということか。

 J-CASTニュースの記事には、こんな解説もつけられていた。

 〈ただ一方で、昨今では「恋人」ではない男女間の新しい付き合い方が若い世代を中心に広がっているとも言われている。添い寝だけをする友達「ソフレ」や、体の関係はなくキスだけをする「キスフレ」がその例だ。「恋人不要派」であっても、こうした関係については歓迎している可能性もありそうだ〉

 J-CASTニュースの別の記事によると、 若い男性のセックス離れが進み、10代後半では3割超にも上る。日本家族計画協会が2015年2月までにまとめた調査結果で、セックスに関心がないか、嫌悪していると答えた男性は、16〜19代で34.0%に上った。全体では、18.3%と調査における過去最高になった。性交経験率が5割を超える年齢も、29歳と高かった。14年9月に全国の16~49歳の男女3000人を対象に行い、1134人から有効回答を得た。

 この少子化の時代、「彼女が欲しい!」と暴走するくらいでちょうどいい。

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「生きるためにはサッカーしかない」マリ少年たちのド迫力

 サッカーの「U-16インターナショナルドリームカップ」が、2016年6月、鳥取県で開催された。できれば、会場を訪れて観戦したかった大会だった。

 参加チームのなかで、U-16マリ代表が日本サッカー界に衝撃を与えたそうだ。マリは、西アフリカに位置する共和国で、人口は1630万人と少なく、世界の最貧国の一つだ。

 SOCCER KINGの川端暁彦記者が伝えた記事は、秀逸だった。以下、その記事を中心につづる。

 マリの平均月収は、エリート階層ですら1万5千円ほどとされる。今回の日本遠征で少年選手らは100円ショップを訪れたが、「高すぎて買えないよ!」。月の小遣いが10円や20円という選手もいるといい無理もない。

 そのU-16マリ代表の戦いぶりが、大会の話題をさらった。テレビ中継の解説者として大会を見た元日本代表MFの水沼貴史氏は、「心を掴まれてしまった」と語った。

 日本は、第2戦で対戦し、「圧倒的な身体能力と迫力」(森山佳郎監督)で押しまくられて、1-2の逆転負けを喫した。だが、スコアよりもその内容が日本の選手らに大きな衝撃を与えた。

 沈黙を余儀なくされた日本の攻撃陣では「あんなに何もできないなんて」とFW宮代大聖(川崎フロンターレU-18)が絶句し、「(U-17の)ワールドカップが来年で良かったと思うしかない」とFW久保建英(FC東京U-18)も脱帽するほかなかった。

 守備陣もまた「ビルドアップしていても怖さを感じた」とGK谷晃生(ガンバ大阪ユース)が言い、「個の力の差。日本国内の試合では絶対にないくらいフィジカルの差があった」とDF菅原由勢(名古屋グランパスU-18)が、肌で感じたマリの脅威を語る。

 「マリは本当に強かった。これが(昨年の)U-17ワールドカップで準優勝するような国の力」(森山監督)。昨年のヨーロッパ遠征で日本はフランスやイングランド、オランダなどとも対戦しているが、チームスタッフの一人は「フランスとかより断然マリが強い」と断言した。

 マリの身体能力は言うまでもなく、連動したプレッシングも見事だった。ただ、何より「相手の雰囲気に飲まれた」と菅原が振り返ったように、懸命さ、ひたむきさという言葉がピッタリくるような温度感の高さこそがマリが持つ最大の魅力だったかもしれない。

 ゴールを決めた選手が涙を流して喜び、日本に勝利した時はまるで優勝したかのようなお祭り騒ぎとなった。その様子を見て「感じるものがあった」と菅原も言う。

 果たして自分たちは、マリの選手ほどの強い気持ち、勝利への執着心を持って戦っていたのかという疑問である。

 マリは、3戦全勝した。だが、単に「強かった」というだけでなく、マリは「それだけではない何か」を確かに感じさせてくれることとなった。

 マリを指揮するヨナスコク・コムラ監督は「日本の選手のテクニックは本当に素晴らしい」などと絶賛のコメントをした上で、同時にこうも言った。

 「もしかしたら日本選手の頭は『生きるためにはサッカーしかない』という感じではないのかもしれませんね。彼らには他の選択肢があるのかなという印象は受けました。マリの選手は違います。彼らにとってサッカーは、本当に生きるための手段なのです」

 「マリの子供たちの夢は当然プロサッカー選手になることですし、彼らにとってのサッカーとは、家族を生かすための大きな手段なんです」

 このコムラ監督の説明を踏まえると、U-16という世代はまさに貧困から抜け出すための扉に手を掛けた段階だ。チーム結成から3カ月で迎えた日本遠征は、彼らにとって生まれて初めて飛行機に乗る機会であり、初めての海外であり、初めて迎える本格的な国際試合だった。びびってもおかしくない状況ながら、彼らは勇気ある挑戦者だった。

  「(選手選考の)プライオリティーは何よりハートですよ」というコムラ監督の哲学もあったのだろう。「ストリートサッカーで育ってきた選手に集団で戦うことを教えるのが私の仕事」とする指揮官は、練習の前後に必ず国歌を全員で歌うなど「どれだけ代表のユニフォームのために汗をかけるのか」を選手に問うてきた。その成果はピッチ上にも確かに反映されていたという。

 この話に、他の一流プロでさえあきれるほどの努力をするイタリア・インテルのSB長友佑都選手を思い出す。彼は、母の手ひとつできょうだい3人を育ててもらった。また、J1サンフレッチェ広島から名門アーセナルへ移籍するFW浅野拓磨選手(21)も、7人きょうだいの3人目で、家族のために戦う。ふたりは、日本代表のなかでもハングリー精神が飛び抜けている。

 厚生労働省の国民生活基礎調査によると、「生活が大変苦しい」、「やや苦しい」と感じている世帯は、全体の60.3%だった。2015年の1世帯あたりの平均所得は、541万9000円で、平成に入って最も低かった2014年より、13万円増えた。世界的には、これだけの数字の国なら絶対に「貧困」とは言わない。

 極論だが、サッカーだけでなく、国に活力が生まれ、もっと強くたくましくなるためには、さらに貧困家庭が増えたほうがいいのではないか、とさえ思う。

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民進党は、消滅するだろう。=特別版=

 あと2時間ほどで、第24回参議院選挙の投票がはじまる。

 民進党は、惨敗を受けて党が割れ、やがて消滅するだろう。そういう、歴史的な定めだった。

 歴史を精神分析する手法を確立している心理学者の岸田秀先生は、ぼくに、かつての日本社会党の運命を解き明かしてくれた。この党は、成り立ちからして“ねじれ”を抱えていた。

 アメリカは、マッカーサーのGHQを通じ平和憲法を日本に押しつけて完全に非武装化しようとし、実行に移した。だが、1950年に朝鮮戦争が起きると、対共産圏戦略の一環として日本をある限度内で再軍備しようとし、警察予備隊、保安隊を経て自衛隊を創設させた。

 東西冷戦のはじまりに対応するためのものであり、この占領政策の転換は「逆コース」と呼ばれた。

 アメリカの豹変で、日本はどちらの態度のアメリカに反対するか、反米感情が二分した。右翼は、もともと非武装化を狙うアメリカに反対していた。だが、アメリカは日本を再軍備させようとし、日本政府もそれを支持したから、右翼の主流は親米にならざるをえなかった。

 ここで、宙に浮いた日本人の内的自己の反米感情を引き受けるべくして登場してきたのが日本社会党だった。岸田先生は「アメリカに押しつけられた日本の平和憲法と非武装化を擁護し、かつ、(再軍備させようとする)アメリカに反発するという一種のねじれ現象です」とし、「このようなねじれ現象は、心理学的にはめずらしい現象ではない」とも言った。

 社会党の役割は、戦後日本の体制である親米的自我構造から切り離され、表向きには満足されようのない「内的自己のある種の感情」を空想的、観念的、象徴的レベルで満足させることにあった。

 したがって、この政党が現実的には無効な政策しか立てられないのは必然であり、政策担当者の責任ではなかった。日本社会党委員長・浅沼稲次郎が、かつて「アメリカ帝国主義は日中共同の敵である」と北京で発表した共同声明は、まさにこの政党の役割に沿ったものであった。この政党が中国に同調したのは、中国が反米だったからであり、北朝鮮と親密な関係を続けてきたのも同じ理由からだった 。

 朝日新聞も社会党と同様に、非武装中立論を長いあいだ唱えてきた。「アメリカに押しつけられた日本の平和憲法と非武装化を擁護し、かつ、再軍備させたアメリカに反発する」ねじれたメディアだったと言えるだろう。

 片親しかいないある子どもにとって、ことあるごとにほめてくれ優しく抱きしめてくれると「同時に」、ののしり虐待する親がいたとしら、その子の親に対する感情はひき裂かれねじれたものにならざるを得ない。その子が精神的に健全に育つことは、むずかしい。

 それとおなじことが、旧社会党や朝日新聞には起きた。社会党は消滅し、朝日新聞は虚報をくり返し暴走した。

 民進党は、旧社会党以上に、ねじれを内包した政党となってしまっていた。自民党の腐敗を受け、政権交代を求める国民感情のうねりによって、旧民主党は政権をとった。日米安保を堅持し、自衛隊ももちろん認める“現実的政党”であるはずだった。

 しかし、東日本大震災や沖縄問題などであまりの無能ぶりをさらけ出し、3年余りで政権の座を追われた。

 民主党への失望が、安倍自民党への消極的な支持となって、安倍晋三は盤石な政権を築き、この参院選を迎えた。

 完全に野党となった民主党は、維新の党と合流して民進党となり、参院選で「与党の3分の2」阻止を掲げた。かつての社会党とまったくおなじ路線に追いやられてしまった。

 東西冷戦時代は、衆参両院で「3分の1」ずつを確保していれば、護憲政党としてそれなりの存在意義を国民から認めてもらえた。

 だが、冷戦後、安保環境がすっかり変わってしまった。民進党は、いまや護憲が、国際社会のパワーゲームのなかで、まったく通用しないことに気づけなかった。

 「9条が日本の平和を守ってきた」という左派メディアと民進党などの主張は、単なるプロパガンダにすぎないことを国民の多くは知ってしまった。

 安保法制が象徴する安倍政権の積極的平和主義外交を、59にのぼる世界主要国が支持している現実を、国民は知っている。朝日新聞や民進党などは「戦争法」などと扇情的なフレーズで煽り、安保法制廃止をアピールしたが、その言葉に乗る国民は多くはなかった。

 安倍政権を20代、30代など若い有権者ほど支持しているというデータも、今回の参院選で明らかにされた。新聞を購読せずテレビ報道にも覚めた目で接する若い世代ほど、朝日など左派メディアや野党の煽りに白けている。

 日米安保を容認し、かつ、安保法制を「戦争法」と呼ぶような自己矛盾の政党に明日があるわけがない。民進党は憲法をめぐって分裂し、やがて消滅するしかないだろう。

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憲法9条2項による殺人未遂事件

 ニューデリーで特派員をしているころ、アフガニスタンやパキスタンに空路でくり返し入った。万一、情勢が悪化すれば、家族の待つニューデリーへ帰れなくなる。もし、ニューデリーで騒乱があったら…。そんな緊急時にはどうするか、自分なりの心構えはあった。どう考えてもアメリカ軍に頼るしかない。

 わが自衛隊は素晴らしい装備と技術を持っているが、憲法9条2項の制約のために、海外紛争地の邦人などを救出することはできない。国家の最大の責務は、国土と国民の生命、財産を守ることだが、その意味で、日本は国家ではなかった。

 ベトナム戦争末期にサイゴンが陥落したとき、現地で取材をしていたぼくの大先輩記者は、間一髪でアメリカ軍機に乗せてもらうことができ、九死に一生を得たと語っていた。24時間、銃声・砲声の絶えないアフガニスタンの首都カブールにいて、先輩の体験談を思い出し身震いしたこともある。

 ノンフィクション作家・門田隆将氏の傑作『日本、遙かなり エルトゥールルの「奇跡」と邦人救出の「迷走」』を読んだとき、ふたたびその体験談を思い出した。

 1985年のイラン・イラク戦争のさなか、イランの首都テヘランには215人の日本人がいた。主に日本企業の駐在員とその家族だった。

 テヘランの日本大使館でナンバー2の公使は「いざという時には日本政府は頼りにならない」ということを率直に口にする、珍しいタイプの外交官だった。他国とちがい、日本から救援機は飛んでこないので「ふだんから、自分でいざという時の努力をお願いします」と語っていたという。

 世界の常識としては、緊急事態になったとき、通常の民間フライトはすべてキャンセルして特別便を仕立て、軍人が操縦して飛んできてくれる。

 日本人外交官には在留邦人を助ける職務があるはずだったが、実際には、やりたくても法的システムはなく、そのための飛行機も用意されてはいなかった。それに、自衛隊機が海外に行くことには、世論の反発が予想された。「戦争」や「軍隊」への国民のアレルギーがあるからだった。

 では、どうやって在留邦人はわが身を守ればいいのか。その公使がアドバイスしたのは、パリなどどこか国外の都市に飛べるチケットを家族分買い、それを一度キャンセルして手元に置いておくという方法だった。

 チケットは1年間有効であり、緊急時にそれを持って国際空港に行き、どこ行きでもいいから脱出できそうなフライトに乗せてもらうのだ。

 そして、テヘランの日本人外交官は他国の外交官に、いざという時には日本人を助けてくれとお願いしていたという。

 1985年3月17日午後8時、イラク空軍司令部は「いまから48時間後、イラン全土を戦争空域に指定する。すべての民間航空機が攻撃を受ける可能性が或る」と発表した。

 日本政府は、日本航空機(JAL)を救援に飛ばすことを考えたが、それは当然ながら実現しなかった。

 しかし、奇跡的なことが起こった。伊藤忠のトルコ・イスタンブールに駐在している森永堯(43)という人物は、トルコ首相と緊密な仲だった。その森永氏に東京の伊藤忠本社から国際電話が入った。「なんとかトルコ政府を動かして、イラン在留邦人のために、トルコ航空機を出してもらってくれ」

 その無茶な指示が実現した。イラクによる空爆開始の寸前、在留邦人はトルコ航空機によって脱出し九死に一生を得たのだった。

 日本の護憲派メディアは、9条こそが平和を保ってきたと言う。それはとんでもないプロパガンダだ。トルコからの救援機が来なかったら、どれだけの在留邦人に犠牲者が出たことか。インド亜大陸での自分の経験から言っても、ぞっとする。

 イラン脱出の件は、ある見方をすれば「未必の故意」による殺人未遂事件ではなかったか。犯人は、戦力不保持を定めた憲法9条2項だ。邦人らは危うく見殺しにされるところだった。1990年の湾岸戦争で「人間の盾」とされた日本人、1994年のイエメン内戦から脱出した日本人、2011年のリビア動乱からの日本人脱出などでもおなじことがくり返された。いずれのケースでも、在留邦人は、自衛隊ではなく第三国によって救出された。

 2015年9月、安保法制の一翼である自衛隊法も改正された。だが、当該国が安全と秩序を「維持」しており、当該国の「同意」があり、さらに当該国との「連携・協力」の確保が見込まれる場合にのみ、自衛隊は、在外邦人の「救出・保護」をおこなえるとされた。

 つまり、戦争や紛争の地では、そういう条件が満たされず、自衛隊は動けない。不幸にして、おびただしい数の日本人が犠牲にでもならないかぎり、護憲派の目を覚まし憲法9条2項を改正することはできないのかもしれない。

 門田氏はこう書いている。「自衛のための武力の行使は、憲法でも認められ、そのために自衛隊も現に存在している。だた、そのことを認めず、『命は見殺しにしていい』という人々やマスコミが大手を振っているのが日本である」

 参院選で安保法制の廃止を訴える候補者は、一度、海外で九死に一生を得てみればいい。

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