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障害者19人惨殺は、本邦第1号ネオナチのテロだ

 相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」の入所者19人が惨殺された。その一報を聞いたとき、精神病患者の犯行だろうと思った。だが、詳細が少しずつ明るみにでるにつれ、元職員・植松聖容疑者(26)は決して狂人ではなく、冷静に計画的に犯行におよんだことがわかってきた。

 植松が書いた衆院議長あて手紙の全文も報道された。

 〈常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れ切った表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い、居ても立っても居られずに本日行動に移した次第です〉

 〈私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死する世界です〉

 このくだりを読んですぐ、植松はナチ思想に感化されたのだろうと思った。ドイツなどには、いまもヒトラーを尊崇し、ナチズムをあがめるたくさんのネオナチがいる。

 植松の自宅を家宅捜索すれば関連本がでてくるとみたが、実際にはでてこなかったらしい。だが、大学時代にヒトラーの思想を学んだことがあった、とあるテレビは伝えていた。2月の措置入院時、「ヒトラーの思想が2週間前に降りてきた」と話していたとされる。

 なにがきっかけかはまだわからないが、重度障害者に生きる意味はあるのか、と疑問を持ち、実際に施設で働いて現場を経験し、その意を強くしたのではないか。

 ナチズムと言えば、20年以上前、『ナチス もう一つの大罪 「安楽死」とドイツ精神医学』という書籍が出版された。ぼくはそのころ、いわゆる〈ドイツの過去〉を集中的に調べていたので、著者の精神科医に取材に行った。東京・上野のマンションのクリニックに医療設備はほとんどなく、小俣和一郎先生は白衣ではなくブレザーを着ていた。

 ドイツの過去と言えば、ユダヤ人大虐殺「ホロコースト」が知られるが、小俣先生は「価値のない生命」とされナチスによって虐殺された、数十万にのぼる身体障害者、精神病患者、結核患者、知的障害者、老人ホーム入居者などの悲劇について研究されていた。

 その虐殺計画を、ヒトラー政権は「T4作戦」と呼んでいた。たとえドイツ人であっても、障害者とみなされれば虐殺された。

 ドイツ近現代史を研究する日本人のある学者から「西洋合理主義の行き着いたところがナチズムだった」と聞いていた。その言葉が脳裏に焼きついており、小俣先生にも、〈もう一つの大罪〉をその観点から解説してもらった。

 「そもそもは、19世紀後半にヨーロッパで産業革命が大規模に進展したときにまでさかのぼる」と先生は語り出した。工業化が進み、人びとはキリスト教会から離れつつあった。一方で、1859年、ダーウィンの進化論『種の起源』がロンドンで発売され、自然淘汰(選別)という概念を提示した。弱肉強食、適者生存の法則だ。1900年のメンデルによる遺伝の法則発見にはじまる遺伝学も興隆した。

 ダーウィンは野生動植物について論じたが、のちにこれを人間社会にも当てはめようとする考え方が生まれ、19世紀末には社会ダーウィニズムと呼ばれる思想が大きく勢力を伸ばした。産業革命によって自然科学も急速に発達し、断種論や優生学が誕生した。

 加えて、ドイツの哲学者ニーチェの著作に散りばめられた寓話が、そのころの新しい思想に影響を与えた。

 やがて第1次世界大戦が勃発し、ヨーロッパは戦乱の地になった。ドイツが敗れベルサイユ講和条約が批准された1920年、ホッヘらふたりのドイツ人法学者が『価値なき生命の抹殺に関する規制の解除』を刊行した。これは障害者とくに精神病患者の安楽死を唱える書だった。このなかで、ホッヘらは「精神的死者」「お荷物」という言葉を使っている。

 敗戦国ドイツは、巨額の賠償金支払いに窮し経済は地盤沈下した。1933年、その不満に乗じたヒトラーが政権を取ると、安楽死の正当性を訴えるプロパガンダが盛んにおこなわれた。障害者には国家の金がかかるという経済的思考も安楽死を促進し、結果として数十万人がガス室で虐殺された。

 「T4作戦は、一部の狂信的な国家社会主義者(ナチス)だけの手で突出的に実施されたとの見方は誤りだ。作戦の最初の段階から、多くの、しかも専門的な医療関係者の協力が介在していた」と小俣氏は語った。

 社会や経済活動に貢献できない、ナチスの言う〈反社会的分子〉は抹殺すべきだとする政治思想は、ヒトラー時代のドイツにかぎったことではない。日本でも、1940年、ナチス断種法を焼き直した「国民優性法」が制定された。その適用は454件だけとされるが、これは当時の日本が、対象となるべき精神病患者をほとんど捕捉していなかったためだった。ナチス断種法の理念を否定しあくまで人道的に法律を制定・運用したためでは決してなかった。

 植松が感化された政治思想は、どの国、どの時代にも頭をもたげる恐れがある。植松は、ナチズムの思想をつまみ喰いして実行に移した。今後も第2、第3の植松が現われる可能性はある。政治目的の殺人などをテロという。あれはまさにテロだった。

 相模原の事件を欧米のネオナチ組織や日本の予備軍がどうみているかが、気にかかる。

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