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日本の教科書とはまるでちがう戦争観

 第3次世界大戦は、すでに数十年前に勃発しその勝敗は決している――。こんなことを語った人びとがいた、と聞いたことがある。インドネシアの初代大統領スカルノやシンガポールの初代首相リー・クアンユーなどがそう言っていたというのだ。

 その大戦とは、アジア・アフリカ諸国が欧米の植民地から独立した闘いのことを意味する。民族によっては血の犠牲を払って独立し、また、無血で独立を勝ち取った民族もいた。

 では、なぜ、これらの独立が実現したのか。その理由をこれでもかというほど証言を集めて書いた本がある。2015年に上梓された『人種戦争――レイス・ウォー 太平洋戦争 もう一つの真実』(邦訳:祥伝社)で、著者は米ヒューストン大学のジェラルド・ホーン教授だ。

 タイトルからも推察されるように、日本が戦った第2次世界大戦は、じつは人種問題をはらんでおり、日本軍が欧米植民地主義と戦ったことがきっかけでアジア・アフリカの独立が成し遂げられ、また戦後、「人種差別は克服されなければならない」という新しい価値観を国際社会にもたらした、とする。

 ホーン教授はこの著書で、「白人の優越」という共同幻想が日本軍によって崩されていく様を活写している。アメリカ人の著作だけに、それだけ説得力がある。

 大戦のさなかから日本敗戦後の東京裁判にいたるまで、「日本人がアジア人に対してありとあらゆる残虐行為におよんだ」とされた。しかし、著者は、それが白人のプロパガンダにすぎなかったと断じている。

 著者は、著名なコラムニストJ.A.ロジャーズのこんな言葉を紹介している。「日本の残虐性は、最悪のケースでさえ、白人にはるかに及ばない。南北アメリカのインディアンの抹殺や、アフリカの奴隷貿易などに、誰が肩を並べられようか」

 日本軍は、真珠湾攻撃とほぼ同時にアジアへ進軍し占領した。その際に残虐行為をしたとされたものの、じっさいには、アジアの民衆は白人を標的とする日本軍を歓呼して迎え入れたというのだ。

 そもそもは日露戦争で日本がロシアを破ったときまでさかのぼるという。

 <一九〇五年の日本のロシアに対する劇的な勝利は、多くのアメリカの白人や西洋人を恐怖に陥れた。同様に、黒人や、アジア人を歓喜させた出来事だった>

 アメリカにアフリカから奴隷として連れてこられ厳しい人種差別にあっていた黒人にとって、日本は憧れの対象となり日本製品なら何でも手に入れたがるほどのブームを呼んだ。欧米の植民地にされ搾取されていたアジアの人びとも同様だった。その記憶はずっと残っていた。

 日本軍は、1941年末、真珠湾攻撃と同時に香港を占領支配した。それまで香港は大英帝国が統治し、中国人や居住していたインド人などは虐げられていた。残虐な行為をくり返していたのは白人のほうだった。日本軍はそれを逆転させた。白人を収容所に押し込め苛酷な待遇を味わわせた。さらに、白人の男女に行列を作らせ、みじめな姿でアジア人の目の前で行進させた。日本軍は、「白人の優越」は幻想にすぎず、もう白人の言いなりになる必要などないことをアジア人に理解させた。

 日本軍はアジアの占領各地でおなじようなことを実行した。それによって、白人への幻想は吹き飛んだ。

 <1943(昭和18)年、戦時下の東京で、フィリピン、ビルマ、インド、タイ、中国(南京政権)、満州国と日本の首脳が一堂に会して、人類史上最初の有色民族の歴史的なサミットとなった大東亜会議を開いた><連合国は大東亜会議を、日本が占領地の傀儡(かいらい)を集めて行なった会議だったと、呼んでいる>

 日本はアジアの植民地からの解放を戦争目的のひとつとした。戦後、旧連合国や日本国内の左派は、「それは最初から掲げていたものではなく、途中から持ち出した大義にすぎなかった」とした。ぼくたちは、学校の授業でも、当然のようにそう教えられた。

 しかし、事実はそんなに単純ではない。この著書によると、日本はすでに1920年代から、アジアの指導者・活動家らを招いて「アジアの会」をくり返し開いていた。その目的は、アジアから白人を追い出しアジア民族が自決することにあった。だから、日本はあの戦争を「大東亜戦争」と呼んだ。そこに「アジア解放」の意志が込められていた。

 アメリカの南北戦争でも、北軍が「南部の奴隷解放」を戦争目的のひとつとしたのは開戦後のことだった、と聞いたことがある。じっさいの歴史とはそんなものだ。

 日本は大戦で惨敗したが、その戦争目的のひとつ「独立」はアジアの人びとによって実現された。さらに大戦後、欧米諸国はアジア・アフリカに融和策をとり、少なくとも、タテマエとしての人種差別はなくなった。

 長編『人種戦争』の末尾には、昭和天皇のこんな戦後の言葉が紹介されている。

 <太平洋戦争の原因として、人種問題があった。列強は、第一次大戦後のパリ講和会議で、日本代表が訴えた「人種平等提案」を、却下した。その結果、カリフォルニアへの移民拒否や、オーストラリアの「白豪」主義にみられるように、世界中で有色人種に対する差別が続いた。日本人が憤慨した十分な根拠がある>

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