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米大統領選では、既存メディアも敗北した

 2015年はテロの年だった。2016年はどうなるかと思っていたら、政治激動の年になった。イギリスのEU脱退を決めた国民投票、韓国の朴槿恵大統領をめぐるみっともない国家的スキャンダルときて、最後はアメリカ大統領選でドナルド・トランプ勝利の激震が世界に走った。

 いつ以来かと考えてみたら、まちがいなく1989年以来だろう。あのころ、ぼくはニューデリー特派員として担当エリアの南アジア8か国、さらに、東南アジアへの出張に明け暮れた。硬直していたアフガニスタン情勢が動き出し、それにともなって地域の政情が混迷した。天安門事件があり、ベルリンの壁が崩れた。

 トランプの辛勝を受け、選挙中の「トランプ劇場」から勝利後の「トランプ革命」へと連載タイトルが変遷した新聞もある。

 アメリカの大統領選が、あれほど面白くなるとは思ってもみなかった。開票の日、フジテレビ系の『バイキング』をみながら、かみさんと昼食を食べていた。日本時間の午後1時ごろには当落が判明されると言われていたが、とてもそんな状況ではなかった。NHKに変えると、しかめ面をして開票状況を伝えるだけで、面白くない。お昼の時間帯に大統領選をやっている民放は、どうやらフジだけで、夕方まで観つづける結果になった。

 スタジオのタレントがボケを入れたりそれに突っ込んだりして、視聴者の興味をつないでいく。出色だったのは、NHK出身のジャーナリスト木村太郎氏が、1年前から一貫してトランプ勝利を主張し、どうやらその予測が現実になりそうなことだった。

 今回の大統領選で、アメリカのテレビやタブロイド紙は、トランプをとことん取り上げた。人種差別や女性蔑視の発言を「視聴率が取れればいい」「新聞が売れればいい」と面白おかしく報じた。

 アメリカのマスメディアの8割はリベラルとされる。リベラルとは本来「自由主義的な」という意味で、政治的に穏健な革新を目指す立場をとることを意味する。だが、CNNテレビやニューヨーク・タイムズといった主力メディアは「左翼」と言ったほうが実態に近いのではないか。

 その自称リベラルなマスメディアは、ヒラリーの巨額金銭疑惑には口をぬぐい、そろいもそろってヒラリー優勢を伝えていた。その根拠は各種世論調査のデータだった。

 ぼくも新聞社で世論調査の設計や分析に当たっていたことがあり、ある程度は裏表を知っている。いまの世論調査は統計学によりかかり過ぎていて、回答者がなぜそう答えたのかといった心理学的な分析はほとんどしない。

 現在のアメリカでは、人種差別や女性蔑視を否定するのが“良識”とされている。しかし、日本史も研究する米歴史学者ジェイソン・モーガン氏などによれば、アフリカから大量の黒人を奴隷として連れてきたのも、アメリカン・インディアンを千万人単位で虐殺したのも新大陸へやってきた白人だった。その血まみれの歴史は人種差別どころの話ではない。そして、いまも人種差別は厳然としてある。

 また、経済学者の高橋洋一氏はこう書いている。「ちょっといいにくいが、筆者としてはクリントン氏が女性であったことも(負けた)一因だと思っている。アメリカで数年も暮らした経験があれば、建前は自由平等であるが、実は偏見に満ちた差別社会であることを体感しているはずだ。筆者のある友人が、こっそり本音を言ってくれた。(大統領には)黒人(オバマ)だけでいいだろ、女性は勘弁して欲しい、と」

 トランプの女性蔑視を「ある程度問題」と考える人の75%が、トランプに一票を入れたそうだ。自称リベラル・メディアのきれい事とは別に、有権者の多くは本音で投票した。こういう本音は世論調査データには表れない。

 左傾化したアメリカの大半のマスメディアは、反トランプで足並みをそろえていた。有力100紙のうち57紙がヒラリー支持を打ち出し、トランプ支持はわずか2紙だった。

 ニューヨーク・タイムズの発行人、アーサー・サルツバーガー会長は、今後、トランプを「公正に」かつ「偏向せずに」報道することを約束した。つまり、敗北宣言だ。

 トランプ陣営は、既存のメディアに対抗しネット戦略に訴えた。東大教授でアメリカ研究者の矢口祐人氏は、こう述べている。

 「どこまで意識的にやっていたかはわかりませんが、トランプ支持者にとっては、インテリが読むニューヨーク・タイムズの何ページにもわたる検証記事より、彼のSNSでの発信のほうが圧倒的に読まれている。そして、強く突き刺さり、シェアもされていく」

 トランプ自身、当選後、あるテレビでこう自慢げに語った。ソーシャルメディアは「最高のコミュニケーション手段」であり、「フォロワーは2800万人に上り、このインタビューの前日にも新たに10万人増えた」

 既存のメディアとネットメディアの対決で、後者が勝ったとも言える。

 実は、朴槿恵大統領の絡むスキャンダルを、韓国の既存メディア関係者は知っていたとされる。そのなかで醜聞をスクープしたのは、新興メディアのケーブルテレビJTBCだった。既存の政治・エスタブリッシュメントの失墜と既存メディアの失墜が重なるのは、偶然ではない。

 わが国でも、近く、おなじことが起きるだろう。

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