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台湾のヒマワリ、日本のプリザーブドフラワー

 台湾の台北市を訪れたとき、かつて中国皇帝によって集められた美術品、工芸品を所蔵している国立故宮博物院で、有名な「翠玉白菜」などを見た。ちょうど3年前のことだ。

 素晴らしい展示品に感動を覚えたままタクシーに乗ると、日本語の達者な運転手さんは、博物院の自慢をするどころか、大陸から来る中国人旅行客の悪口を言った。「あいつらは大声で話すし、列に並ぶこともしない。金は落として行くが、はっきり言って歓迎できない」

 かつて日本に統治されていた台湾には、いい意味での日本らしさがかなり残っている。日本人観光客が台湾ファンになるのは、台湾の人びとの人柄に親近感を持つのも一因だろう。日本へ押し寄せて“爆買い”をする大陸中国人などとははっきりちがうものが、台湾の人びとにはある。

 大陸中国の共産党は、「一つの中国」をスローガンに台湾統一を狙ってきたが、いまの台湾には「台湾人アイデンティティー」が強く意識されている。それが、台湾政治の地殻変動を生んだのはつい最近だ。

 2000年から8年間つづいた民主進歩党の陳水扁政権は、台湾本土の歴史を重視する教育に力を入れ、若い世代を中心に「台湾人意識」を根付かせたとされる。その後、国民党の馬英九政権は中国へ急接近したが、2016年1月の台湾総統選で独立志向の最大野党、民進党の蔡英文氏が圧勝し、台湾新時代が幕を開けた。

 たった一度の台湾訪問でファンになったぼくも、この選挙結果は正直言ってうれしかった。とくに若者パワーが発揮されたことに注目した。

 台湾の若者と言えば「ひまわり学生運動」を抜きには語れない。2014年3月18日、日本の国会議事堂にあたる立法院を、約300人の学生が占拠したのがはじまりだった。学生たちは、審議されていた台中間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」に反対して立ち上がった。それを多くの市民が支援し、11万人以上が立法院を取り囲んだ。彼らは、中国に呑み込まれることを恐れたのだ。

 院内の状況は、メディアやニコニコ生放送経由で放送され、そこにヒマワリが掲げられているのを見た支持者たちが、次々とヒマワリを贈った。さらに新北市永和區のある花屋さんが1300本のヒマワリを院内に送り込んだことにより、ヒマワリがこの社会活動の象徴となった。現在の台湾でもっとも一般的な呼び方は「太陽花学生運動」だそうだ。若者やその支持者らの心理にあったのは、「台湾と中国は別の国で、自分は台湾人」と考える台湾人アイデンティティーの昂揚だった。

 台湾の国立政治大学が2015年に実施した世論調査によると、自分は「台湾人」と答えた人が59%に上り、「中国人」と答えたのはわずか3.3%で1992年の調査開始以来最低だった。「台湾人かつ中国人」と答えた人も少しずつ減っている。数字を見ても台湾人アイデンティティー意識は急速に高まっていることがうかがえる。

 台湾の最高学術機関・中央研究院の調査では、「独立」を希望するとの答えは46%で「中台統一」の16%を大きく上回った。しかし、「中台関係は将来どうなると思うか」との問いには50%が「中国に統一される」と答え、心情は複雑だ。

 ひまわり運動を起こした若者らが中心となって、2015年1月、「時代力量」という政党が設立された。「時代の力」という意味で、英語ではNew Power Party(略称:NPP)と呼ばれている。時代力量は、2016年1月の総統選と同時に行われた立法院選挙で民進党と協力し、5議席を獲得して台湾政界に地歩を築いた。

 だが、台湾経済が中国に依存しているのはまぎれもない事実だ。台湾の輸出に占める香港をふくめた中国の比率は約4割で、中国に進出した台湾企業の社員と家族は約100万人に上るとされる。大陸中国を抜きには台湾が生きて行けないのも確かだ。

 逆に言えば、「このままでは台湾はなくなってしまうのではないか」という危機意識が、台湾人アイデンティティー意識を高めている。

 川島真・東大教授はこう語っている。「中台の人・モノの往来が深まったこの8年で台湾人意識は変わった。中国が台湾に干渉すればするほど台湾人が離れる」

 台湾の人びとが大陸中国を嫌うのは、単に中国人が大きな声で話すとか列に並ばないというだけではない。共産党一党独裁下で、言論や民主化運動、チベット族、ウイグル族などを弾圧している事実が決定的とされる。完全に民主化された台湾の人びとにとっては、全体主義はもはや受け入れられない。香港では2014年、約2か月にわたってつづいた「雨傘運動」以来、最近も急進民主派と警官隊との衝突があり、中国の圧力はひとごとではない。ひまわり運動や時代力量が民主社会・台湾の象徴になるのは必然だった。

 ひるがえって、わが日本はどうだろう。若者の政治参加と言えば、左派メディアは「シールズ」をもてはやしている。「自由と民主主義のための学生緊急行動」 (SEALDs)と立派な名前を名乗ってはいるが、彼らの言説は幼稚、情緒的で説得力がなく、社会を動かし国会で議席を取るような力量はまったくない。地に足がついた時代力量とは比べものにならない。太陽に向かって咲くヒマワリに対し、生花に左がかった保存液と赤っぽい着色料を吸わせ乾燥したプリザーブドフラワーのようなものではないか。

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